Novel

□時
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〔時〕

 後――
 怪訝な顔つきで、悶々と頭をひねる男がいた。
(全く、妙な事になったもんだ。あんなにも虐げていたものが今では無難にこなせられるとは……、体たらくな日々はコレに興味を向けさせたか? 欲望の塊と化している己のようすに、嗤ってしまうぜ)

「少し上げるぞ」

 言って、もっぱら暗い部屋で、真っ暗な布の中でもたもたと格闘する二人が居る。
 キングサイズの羽毛の肌掛がもこもこと波を打ってどれくらい経つだろうか。闇では時を忘れ、冴えゆく体は一向に衰えることはなく突き進んでゆく。
 当然のこと、地球人がこの持久走に付き合える筈もなく、二人の熱気ムンムンの暑さで頭が滅入るのはブルマである。彼女は冷たい空気を求め、肌掛をまくっても直ぐにぱたんと閉ざされて、舌打ちが部屋に響いていた。

「ねっ……ちょっ…休ませ……て」

 熱を帯び、息を切らせた声が下から言う。にゅうっと布から伸びた華奢な手を掴まえたベジータが上へ引き揚げた。
 すると、真っ赤な汗だくの顔が、頬に散らした髪をかきあげながら休む間もなく話してきた。

「ん、ねえっ……サイヤ人に伝わる形ってどの位……っ、あんの?」
「は?」
「たくさん知っ……て……る…から」

 たちまち神妙な顔つきになる男の胸は、リップ音を残されつつ観察されてゆく。

「あんたっ……て1回が長い? じゃない。あんまり他人の事なんて知らないし、ちょっと調べたら……長い人たちで大体4、5種類は変えてて……でも長いといっても1、2時間くらいよ? でもこっちと比べると全然短いのよね。でさあ、伝統的に本なんかつくッ……あー! 息つまっちゃう、ちょっとまって。(水を飲む)……で、世界には様々な形が文献や文化的なものに置き換えられてるらしいわ。アタシ興味湧いちゃって」
「……わからん。お前の話は纏まりがなく長い。この家の奴で難なく話せるのはブリーフだけだな。全く、母親といい娘といい」

 その様子から、ブルマは男の機嫌がいい事を知る。何かしらブツクサ文句を、または何か饒舌に語る時は興奮のしるしだと今では感じられていた。
 そうして、この逞しい体に鳥肌が立つ程、時間を共有出来ている事が嬉しくもある。
 体位よ、と言った途端、肌に噴き上がった汗にブルマはニンマリした。なんと正直な男だと。
 だから本当に、この男は人を殺してきたのだろうかと――。
 しんとする空気がやけに熱い。恥ずかしさを隠すように無骨な指が、ブルマの身を踊ってくる。

「どこで覚えたのよ……知りたい」
「黙ってろ」
「え〜?」
「チッ」

 他愛もないやり取りに飽きた男は、いつも突然だった。
 ブルマの抱える脚をいっそう高く引き上げ尻を抱えられる。斜めに引かれた様はまるで滑り台。
 ブルマは胸を鳴らした。自分を見据える男の視線から逃げられない羞恥の姿に――困惑した声しか出てこない。
 しかし、一方の男にも予想外な締まりが与えられ、くっ、と苦痛に似た声を漏らさせた。
 するとその時、彼らを覆う布団が後ろに折れてしまう。

「……」
「……」

 その、朝の光にさらされた鮮明な体と体は悦虐の光景でしかなく、二人は一瞬息を飲んでしまう。

「意地悪な形ね……30番みたい」

 沈黙を破ったブルマは、羞恥のなかでさえ興奮の水を得てずいぶんと活きがいい。男の太い首筋に白い足先をそろそろと這わせ、顔を窺った。

「悪趣味な女だな! ただ、体が動くんだ。一々合わせるな」
「あんた昔から凄いんだもん。父さんのお宝映像のなかの男優も顔負けよ。……ええっと、演技者ね」
「それぐらいは分かるが、戦闘で動いていれば反射的に動く」

 ブルマは、不貞腐れる男の素直な感情が嬉しい。このまま何事もなく、夫婦時間が過ぎればいいと思う。

「へえ〜。だったらまさか、相手の弱点とかそういうの考えながら戦いみたいにやってんの? アタシなんて勉強したのに」

 ベジータは、ブルマの白い股の間に埋まるモノを見やって呟く。

「いい加減、黙れよ」

 途端に顔が曇る男に伴う声色に、彼女のアンテナが反応する。様子をそっと勘ぐるも、胸の音が煩くなる。
 それは、以前よりも深刻さが増している気がしたからだ。ようやく開きかけていた男の心が翳りをみせた時、ブルマが振り子のように激しく揺れだした。
 声を噛む。何度も何度もーー。
 この、責めたてられる瞬間に、垣間見る男の闇と対峙することはあるのだろうか。過去に何があったのだろうかと、知る勇気が自分にはあるか。
 だが、次第に憶測を立てる余裕がなくなってくる。なぜなら体は(善すぎて)耐えられそうになかったからだ。
 しかし、止まらない男を支えねばとブルマは健全な意思を残そうと必死だった。
 あの日の自分の言葉に動かされた旧友を思い、少しだけ罪悪感が生まれていた。胸が痛くなるほど、男達の見えない繋がりに愕然としたものだ。
 自分の言葉が切っ掛けでベジータの戦意喪失を誘ったのはらば、長く、もがきっぱなしの男に、気軽に休んでいていいーーとは言えないのではないか。
 先の見えない不安の中でも生きようと自分に触れてくるのは、死ぬ事を留まっているようにも感じてしまう。

「どうした、大人しいな。舌を無くしたか」

 この行為の中に隠れた本音、繊細な中にある鍵は、いつ加虐心とし自分に繋がるか、しかしその行為で自滅へと向かうような男ではないとは思うも、ゆくゆく何かを誘発しそうで怖くもある。
 そう、やはり。何処かへ行ってしまうのではと。

 ブルマは幾度めかの熱い吐息を宙に吐きながら、男との時を振り返る。不器用な恋愛のなかで見てきたものは、人一倍、心に残ることを。今はそれ程までにこの男を愛してしまったと自覚していた。
 だから今だけでもこの男を解放させ「あの時間」を忘れさせることも大事だと。吐き出し、捌け口なんでもいい。自分の男に景気を付けてやれなくて何がパートナーか。
 命があるなら満足くらいに思えなきゃ、サイヤ人の妻にはなれない……と、腹をくくって。

「……もっと、やって……もっと!」




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