わるいこと
□闇行く
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ふうっと、香る甘い匂いはまるで砂糖菓子。一呼吸めを止めて、二呼吸めはどうするかと、そうこうしている間に、とん、と温かなものが自分の顔横に漂った。
こちらを見る穏やかな青い目は殺人を極めた者を見るふうでは、ない。何も気にしていないというのが正しいのか、女は、こちらの肌に自分の掌を重ねて来た。
「さわって、みる?」
女の願望はそろそろと行われた。両手首を引き、両サイドからふくらみに誘導する。
……ふっと脳裏に霞む、顔をうずめた自分の姿を想像し、体がNOを出していた。
「ふざけるな」
「あら、顔に似合わない発言ね」
ぷうと脹れる赤い頬と、よく似た形。見比べようにも青い視線を寄越され、口で返すしかなかった。
「俺は忙しいんだ、男を誘う暇があるなら重力室の展開を考えろ、世界一の科学者さんよ」
「ふ〜んだ、短気でねちっこいなんて、嫌な感じ」
そう煙の中に消えてゆくと、時折むせるような咳が聞こえてきた。
「ねー、ベジータ! マスク持ってきてくれる? その辺にあるから」
「知っているなら自分で取りに来い」
「ダメなの、手が塞がってて」
「誰がお前の為」
「あ、ナムルが貸してくれるから、もういいわ〜」
「……」
もうもうと煙る物は範囲を広げ、こちらにもやって来る。辺りを見えなくする程の濃い煙だった。換気をしても追い付かない程の、臭い匂いに変わってゆく。
「おい、ナムルという男、ブリーフが呼んでるぜ。至急研究室に戻れとな」
「あ、ありがとうございます」
重力装置の中から出てきた技術屋は顔や腕に煤をつけ、こちらの顔を見るなり気まずそうに会釈をする。
「どこまで掛かりそうだ」と顎で時計を指すと、一時間程と教える。
「ならば、アレ一人でやらせる。話しもあるしな」
「わかりました」
そう――ソイツは非常に話が分かる男であった。力で押さえ込むとどうにでもなるような。ふと視線を奥にやれば女の脚が“箱”の穴から見えていた。
湿った埃の中、作業服から伸びる白い肉がもぞもぞと動き、時に膝を立て踏ん張った。
カンカンと金属の音が耳鳴りのように自分に響いてくる。室内の熱のなかに、フラフラと足が進んだ。
「どうしたの?」
「用事が出来たとさ」
「あ、ベジータだったの。あんたさあ、クーリングシステムの痛み酷くなってるんだけど、無茶してないでよ。負荷を短時間に掛けるな、とあれほど――」
ムッとした口調で詰め寄ってくる女だったが顔半分はマスクで見えない。ただ、普段とは違うヤニの臭いがした。
オレの周囲を嗅ぎ回る犬のように窺いながら身を翻す女だったが、突然女がつまずいた。ぺたりと腕に伝わる感触に違和感を覚えた。
前に――手で触れた感触とまるで違うことに、視界が静止する。
「やだ、当たっちゃた」
女は辺りを気這い、喜びを得る顔を晒した。不覚的中の事態に、はにかんでいる。
「(触ってみる?)」
と言われたことが頭を回り、長い溜め息が出はじめた。
(このまま潜れば、奴等と同じになってしまう)―――と。
奴等――というのは、護衛を務めた同胞のことだ。種族はどの星からも忌み嫌われたが、遠征先で拾い物を探すとき、掘り出し物を探そうと奇特になる奴もいた。
その度に同胞らに耳打ちされる。
「王子、どうです?」
「戦闘力も高けりゃ、器量もいい……さぁ……どうです?」
サイヤの血を閉ざさないため、世話を焼く奴等の、"どうです?"の言葉が木霊することもあったが、触れてしまえばどうってことは無かった。
だが、遅咲きのヤキが回ってきたのか思い出すとアレルギーのように痒くなることもある。
「俺はあいつらみたいにはならんぞ、絶対にだ。あんな時間の無駄、こっちから願下げだからな!」
「……ちょっとお、くすぐったいんだけど」
飄々とした女の声にベジータは、はっとする。中央に寄った脂肪の塊の中に、自身の顔があったからだ。
そこは、どくどくと血のたぎる音がして、温かで、艶めいた白い色。視界を遮るものは、キメの細やかなしっとりとした肌襦袢。その中でうっかりと後悔に似た溜め息を洩らそうもなら、香る何かに鼻が持っていかれそうになる。
くすぐったいと肩をすぼめた時、肌に粟がサッと立った。
どっと暑苦しい気分になる。
「何だ、優越感に浸りやがって」
「そんなんじゃないけど……動揺したあんたが、かわいくってさ」
そう、次第に硬直する体のなかで、ううと声を漏らし始めるブルマが大きく仰け反りはじめた。
指の下ではコロコロと、主張しはじめるそれに口の端が歪んでいた。少し弾いて、つまむと、潤みかけの青い目を寄越し、顔を赤らめ、熱そうに息を吐いてくる。
「誰にやられてる気分になっている? この野郎か?」
そう、口元のマスクを爪で弾き、ブルマに言葉の想像を植え付ける。
「かわいい……だと? よくもこの俺に言えたもんだ」
「……それで……怒って」
マスク女は、身を捩りながらも籠る声で意見したが息が散乱し過ぎて言葉にならなかった。
ベジータの視線が散らばる工具へ伸びていた。白い肌に金属が滑り、脚を割った中心を押して行くと、緊張した体が出来上がる。
「お、あの野郎が戻ってきたぜ?」
「いや……よ……ぉ」
「足音が聞こえる」
「冗談じゃないわ、こんなとこ見られたら」
「嘘をつくな……ここをこんな風にしながら……足音を聴くのも、スリルがあって」
「や、やめ」
「仕事現場で、仕事道具を使って……」
「ふ……あぁん!」
その白身が赤身に変わるまで、言葉を失うまで、遊んでやる。「待機時間は有効に使わねばならん」そんな所だ。
「さあ、仕事にかかれ」
「ど、どういう」
「進んでなければ奴が勘繰るだろ」
言われた女はしぶしぶ、元居た“穴”に戻る。先程と同じ格好で、こちらに足裏を見せた。
そっと素肌に触れると、もじもじと己の腕を挟み込む。次第に、待ちきれない――という足の痙攣に熱った体を魅せてくる。
「仕事をしろ、音が止んでるぜ?」
「バ……うう」
声に映された顔を想像すると、俺は、そこから上へずれていた。ふうふう、とブルマの太ももに荒い息がふきかかる。
「や、いやあ……ん……ん」
突然始めた罰に声を耐えようとする女は、揺れる。
ねろり、ぬらり、にゅるっ、ちゅるっ……と肌に舌をあてがって、舌の動きを踊らせる。それが強くなればなるほると、女の体は、抜けてゆく。消え入りそうな声を煙の中で流し、金属機械の音が遮った。
容赦のない動きに、ぐいぐいと体が押されて、腰が上がる。
まるで腹を空かせた犬が餌を食べ終えてもなお、皿を隈無く舐め回す――ソレに似ていた。
機械の音が揺れている。
下腹部の底と連動し、拓かれた場所から、ふんわりとした温かさが指の皮膚を擦り記憶を残す。
催促する艶目が頭に回る。まだか、まだか、といい、まだ己とお前を食いたいと言う。
そうして、心を砕くような焦らし行為に本当に酔っているのは、どちらなのか。とんだ気紛れが教えた闇は、甘く、余りにも滑稽な場所だった。
「ベジータさん? いますか」
突然開けた視界に、急ぎ身を起こし唇を拭う。時間を忘れ、抜け出せなくなるような熱に囚われて、なんと間抜けな結果だと……
そう、きっと奴らも侵されたのだろう。
軍人の前に一人の雄として―――
【終】
2019.2/22