短編

□ひとめぼれ
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「大倉くん」

席替えをしてからの初めての授業、思いのほか黒板が見えにくい。こんな支障がでるとは思ってなくて、こういう人は一番後ろの席にするべきだと思う

「なんやー」

満面の笑みで振り返ってきたけど見えないと一言言ってシャーペンを滑らせた

「せっかく俺の事呼んでくれたと思ったのに冷たいやーん」

「うるさい」

この語尾を伸ばすのとかなんかムカつくしうざいけど密かに恋心を抱いてしまっている

今までほとんど話したこととかなかったけど…一目惚れという奴だ。だってかっこいいもん誰でも一目惚れしちゃうんじゃないかな

「なあなあみかちゃん」

それにしてもうるさい、凄くうるさい。確かに毎日授業中大倉のしゃべり声はどこからか聞こえていたけどまさかそれが私に降りかかってくるなんて

「前見て」

「俺はみかちゃんが見たい」

「黒板見てください」

授業をふざけてふける気はない、それに私は至って真面目で地味だ。先生だって気付いてるんだろうから注意してくれればいいのに

「ついでに視界に入ってこないで、今授業中なんで」

「うわ、ひど!でも止めへん!」

その言葉の続きがあったみたいだけど見事にチャイムにかき消された

「飯や飯!あれやったら一緒にどう?」

「え、私なんかと食べたって面白くないし」

「まあまあそんなこと言わずに」

机に出したばかりの私の弁当を持って立ち上がるとついてきてとにっこり

「ここで食べるの?」

ついたのは屋上で5月の今は凄くちょうどいい気温

「俺いっつもここで1人飯やで」

「意外だね、誘われないの?」

「誘われるけど鬱陶しいやん。俺静かに食べたいし」

「じゃあ何で私なんかと…」

「たまには誰かと食べたいときもあるやん」

座るのにちょうどいい段差を手で払ってまあ座ってと指差した

「まあ机ちゃうから弁当はちょっと食べにくいかもしれんけど許して」

片手に持った袋からパンを取り出しながら私をみるとおいしそうやねと優しくほほえんだ

これだから皆好きになっちゃうのかな

「おかんが作ってくれんの?」

「いや、自分で。私1人暮らしだから…」

「うっそ、すごいな」

いいなーと言わんばかりの顔で弁当をのぞき込むから食べますか?とか聞ければいいんだけど言えない

「なあなあ彼氏とか居らんの?」

「い、いないけど…」

「ほんまに?」

「ほんと」

「こんな弁当持ってこられたらたまらんなあ」

独り言のようにぽつりと言ってパンを頬張る大倉君を見ながら私も箸を進める、美味しそうに食べるんだな

「俺ら3年間クラス一緒なの知ってる?」

「そりゃ知ってるに決まってるじゃん」

こんな人気者なんだから一緒だと誰でも気づくに決まってる。それよりもよくこんな地味な私とクラス一緒なの気付きましたね…

「じゃあ、いっつも見てたの知ってる?」

「え、?」

思わず箸が止まった。冗談でしょ、こんな私見てどうすんの

「なかなか声かけずらかってんけど席近くなれてラッキーやった」

「どういうこと…」

「分かれへんの?好き」

普通な顔でそんなこと言われても…固まる私を見てビックリしすぎやろって笑いながら食べ終わったパンのゴミを袋にしまっていた

「は、え、」

「一目惚れ」

「そ、そんなわけ!嘘でしょ」

「嘘なんか言うわけない、ほんまにほんま」

止まった箸をどうにか動かしたけど動揺している私は地面に落としてしまった。絶対嘘だよこんなの…

「気になる子にはあんまガツガツ行くの無理やねん。俺の中で卒業するまでに仲良くなれたらなって思ててんけど」

「せやからいきなり付き合ってとか言えへんけどさ…」

「俺の分の弁当作ってくれたら嬉しい…ってそんな好きでもない奴のなんか作りたないよな!」

ごめんごめんと謝って気まずそうな顔で立ち上がると大倉君

「俺先戻る‥」

扉の方に向かって歩く大倉君の後ろ姿黙って見ていた。言わなきゃ、言わなくちゃ…

「ま、待って!」

なにも言うことなく立ち止まる背中を見て深呼吸した。好きだなんて、こんなことあるんだ

「じゃあ明日もここで一緒に食べてくれる…?」

小さな声だったけど大倉君にはちゃんと届いたみたいで振り向くなり笑顔で私に駆け寄ってきた

「今言わんかったら良かったって後悔しとるとやったのに」

嬉しそうにそう言うと私のお弁当の玉子焼をつまみ食い

「んーうま。明日から毎日食えるとか幸せや」

ニコニコしながら私の隣に座り直した。好きとはいえなかったけど伝わったかな

「絶対作ってきてな、約束やで」

「わかったよ」

「あーやっぱ好きや」



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