ジンユウ

□過去と現在と、それから未来
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こぽり――――
薬液で充たされた中に、比較的大きな泡が生まれる。それに従属するように小さな泡が上っていく。その音で僕は少し、ほんの少しだけ瞳を覗かせた。
見えるのは光のない研究室。人は…………今はいなかった。


「     」


言葉を紡ごうとして、声帯が役に立たないことを思い出す。あの日に戻りたい。

あの日って何?

思い出せない。何もかも。 なんだか無性に目頭が熱くなる。きっと泣きたいんだろう。悲しい。

なんて客観視してみる。 でも。 悲しいって何? 泣く? どうやって? そんなこと知らない。 知ってたような気がするけれど覚えていない。 海馬からは不必要データとして、削除されている。 僕は"キカイ"になったのかも。 そんな思考を巡らせながらも、僕の、残り少な い"ニンゲン"の部分は幸せだった頃を思い出そ うと必死で足掻く。

時折夢に現れる小さな頃の日常は、紛れもなく幸せ。唐突にそう思い至る。

…………だって、その時の僕は笑っているのだから。 僕はまた、脱力して目を閉じる。今はもう辛いだけの、幸せな夢を見なくて済みますように、 なんて神がいないのを知りながら祈る。

***

白い穏やかな光に包まれて、ここが夢の中であることを知った。

「見ててね」

ベッドに一緒に腰掛けた、僕じゃない少年は、 手にした薬の包み紙で器用にツルを折っている。 彼の細くて白い指が触れた紙は、まるでちがうものであるかのように形を変えていく。その様子をじっと眺めているのは幼い僕。まだ"ニンゲ ン"だった頃の僕。

「すごいね」

小さなニンゲンの僕は感嘆の息を漏らして、そして笑う。
あぁ、何で笑うの? どうして笑えるの?

「これ、ユウヤにあげるよ」

「いいの……?」

「うん!」

遠慮がちに問う僕に少年は力強く頷いた。

「はい」

手のひらに乗っかった可愛らしいサイズのツルに手を伸ばす。

「ありがとう、    」
手が触れる。 彼のツルに手が触れる。

…………ところで、キミは誰なの?

襲い掛かる違和感。 ツルは一瞬で色褪せた。立体感も失われる。何 度願ったか分からない。
こんな夢、見たくない
と。こんな幸せだった頃があるはずがないのだから。脳波の検査をしたときにバグとして生ま れた記憶だと思い込もうとする。僕は幸せな記憶に蓋をした。もう二度と見たくない。耐えられない。

こぽり――――

また目が覚めた。
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