黒バス短
□シナリオ通り
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………一体、これはどういうことだ。
その思いは、きっとこの空間に存在する人間全てに当てはまるもので、だからといってそれを言葉にする者は誰ひとりとしていなかった。
俺達の目の前にいるのは、赤い髪をした絶対的なオーラを纏った一人の男。
赤と黄のオッドアイが、怪しげにもギラギラと光る。
男が現れたその扉は無残にも、スライド式の扉だからだろうとなんだろうと関係なく吹っ飛ばされ壊された。
そんな中、彼は恐ろしいほどに美しく微笑む。
鬼神のような破壊力を見せしめたあと、神々しい神のように微笑んだのだ。
「『ソレ』は僕のものだから、返してもらおう」
………ソレ、とはなんのことだろう。
ここはなんの変哲もない高校のなんの変哲もないサークル部。
彼の求めるものがなんなのか、部長である俺にもさっぱり検討がつかない。
「……なるほど。あくまでシラを切るつもりなのか?」
えぇ?いやいや、そんなこと言われても。
シラを切る云々言われたところで全く分からないのが事実なので答え用がない。
え?分からないから教えてくださいとでも言えばいいの?言っちゃっていいのコレ?
こんな雰囲気ですけど?俺泣いちゃうよ?
部活仲間たちの不安そうな視線が俺へ注がれる。
こんな時は部長に頼ろうってかそうですか。畜生、退部したい。あ、やっぱ嘘です。
戸惑う俺(達)に気づいたのか、ただ単に話を進めようと思っただけなのか(恐らく後者)、ともかく名前も知らないその彼は俺としてはありがたい事に口を開いた。
「……本人なら、わかってるはずだと思うが?
なぁ、…………なまえ」
………………………………え?
彼の口から発せられた人の名前であろう固有名詞である単語は、何故だか酷く聞きなれていた。
当たり前だ。
だってその人は、その彼女は、紛れもない俺の大切な部活の後輩で。
…………今現在、俺の隣にいるのだから。
「………なんで、ここにいるの」
静かな声だった。
抑えるような声だった。
今にも泣き出しそうに震えた声だった。
彼女は、なまえはいつもすごく明るくて楽しくて、だからこそこんな彼女を見たことがない。
俺の中のなにかが、徐々に影をさすように澱んでいく。
「なんで…?なんで今更…」
「愚問だな。迎えにきたに決まってるだろ?」
「ふざけないでよ…!」
ガクガクと尋常じゃないほどにその華奢な身体を震わせて、なまえは叫ぶ。
その瞳は明らかに動揺していて、何か恐ろしいものに直面したかのような表情だった。
少なくとも、知人に会ったという顔ではない。
「か、えって…、お願い、帰って」
「……本当は、わかってるんじゃないのか……?」
「いや…、もうやめて…!」
…無意識、なのだろう。
咄嗟に掴まれた自身の制服に驚きつつも、動けずに彼女を見れば顔面蒼白で。
………とても、嫌な予感が、するんだ。
「帰ってよ!!!もう二度と会いたくない!帰れ!!!」
「…まさか、こいつらを信じる気なんじゃないだろうな?」
「………!」
「…へえ」
ぞくり、とした。
背中に何かがかけ巡って、粟立つ。
どくりどくりとやたらと早くなる心臓は、一体何を意味するのだろう。
「……また、裏切られるぞ?」
こつり、彼が近づく。
「何を見て何を話して何を感じて、そう思った?何故また信じようとする?」
喉が乾く。
彼が近づいて来る度に水分が冷汗となって体に伝い、自身はからからと干からびてしまうかのように、そしてそれを抗うかのように、水を欲する。
「こいつらは、裏切るぞ。
お前を裏切って存在を否定する。きっと、記憶にもとどめてもらえないほどに」
そんなことない、講義したはずの声は掠れていて、とてもじゃないが声としては認識されない。
俺は今、声ではなく息を吐き出した。
「例えば、お前が死んだとしようか」
「……あ、あ…いや…!」
「きっと悲しんでくれるだろう。
葬式でも泣いてくれるさ…、
…………………………………で?」
「いや、いや…!」
「それでなんだ悲しんだ?そんなの悲しいでもなんでもない建前か雰囲気に流されただけだみんなすぐに忘れて生活していくに決まってるだってそうだろ誰がお前が死んだ時追っかけて死のうだなんて思ってくれるって思うんだお前だけだよそんなことを思うのは誰もなまえをみてる人間なんてこのお前のいう仲間とやらにはいないんだ傷ついて傷ついて傷ついて傷ついて傷ついて…」
マシンガントークを繰り広げるその彼は、そこで一度言葉を止めた。
にっこり微笑んで、慈愛に満ちたその眼差しをなまえに向けながら。
「でも、僕は裏切らない」
「あぁ、あああ、あああああ…っ」
「愛して愛して愛して愛して愛して、なまえだけをドロドロに愛してあげられる。狂うほどに、狂おしいほどに!」
「…あ、あぁ、」
「軽い言葉なんていらないだろう?
裏切るだけの存在、必要ないだろ?
なまえは立派な人間であって、愛されないだなんておかしいんだ。」
1歩、近づく。
狂気の光をその目に宿らせ、爛々と、軽い足取りで。
「考えてもごらん、君の信じた仲間とやらは…
こんな状況になっても誰も君を助けない」
「…………っ、!!?」
ちがう!叫ぼうと口を開くもそれは相変わらず息しかかすめでない。
なぜ、なぜ!
どうしてこんな肝心な時に声が出ないんだよ!
苛立ちとともに口を開閉させていれば、するりと力が抜けたように座り込むなまえに目を見開いた。
「…あー、あ…あはは、あははは…っ」
「っ、…っ?」
乾いた笑いを響かせた彼女の瞳から、すぅと光が消えていった。
【シナリオ通り】
俺は、無力だ。
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