ノルン
□夢のつづき
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あの夢の中で過ごしたような小さな家。
それが今の私と一月の住まいだ。
一月の傷も癒え、ようやく日常らしい日常を送るようになった。
すべてが夢であったかのように、
あの球体の船は消え、乗っていた仲間の行方はわからなくなった。
でもあの船であったことは夢ではない。
一月と出会ったこと自体が、その証拠なのだから。
今頃…みんなどうしているだろうか…。
「お嬢さ〜ん」
ふいに背後から抱きつかれて、私は思わず手に持っていた包丁を落としそうになった。
「わあぁっ…と、あぶないなぁ」
「誰のせいだと思ってるのよ!」
ぐらついた包丁をまな板の上に置き直した一月は、ごまかすように私の頬に口づけをする。
台所で食事の支度をしていると、大概一月はこうやってちょっかいをかけてくる。
まるでごはんを待ちきれない子供みたい。
…行動は決して子供じゃないけど。
「だぁって、何回声かけても返事してくれないんだもん」
子供のように拗ねた口調だが、その手は私の腰をなでまわそうとするので、私はそれを軽く叩いた。
「いったぁ〜い」
「自業自得よ。夕食ができるまでおとなしく座ってなさい」
いつもなら、そこで「はーい」と返事をして下がるか、一緒に作ると言い出すかどちらかなのだが、今日は私に絡みついた腕が離れない。
「一月…?」
持ち直した包丁を再びまな板の上に置き、私は振り返った。
伏し目がちな一月の表情が目に映る。
「どうしたの…?」
「深琴こそ…考え事してたでしょ」
「…え…」
「やっぱり…後悔してるのかな、と思って」
私たちは戦い半ばにして、船を降りた。
その後の仲間たちがどうなったのか、全く知る由もない。
気にならないはずがない。
でも。
「あなた、私を見くびってるの?自分で出した答えを後悔なんかしないわ」
一月はあのとき瀕死の重傷で、船に残って戦闘できる状態ではなかった。
あのとき、目を覚まさない一月を見ながら、私がどれだけ怖かったか。
一月を失うかもしれない。
それがどんなに恐ろしいことか。
「私があなたと一緒にいたくて決めたのよ。後悔なんてするわけないわ。一月がいなきゃ…私」
恥ずかしいのをこらえ、見上げたそこには、さっきまでの殊勝な表情はどこかへ飛んでいた。
「ねぇねぇ、俺がいなきゃ…どうなの?」
心底嬉しそうなその表情を見ていると、その続きをちゃんと伝えてあげたいような、あげたくないような、複雑な気持ちになる。
でも…弱いんだわ、この笑顔に。
いつだったか、船で生活しているとき、夢の中で一月に言われたことを思い出す。
「現実で俺を笑わせてくれる?」
そう彼は言った。
あれから…私は少しはあなたを幸せな笑顔にさせてるかしら。
女慣れして、いつも飄々としてるくせに、笑顔はまるで子供みたい。
「一月」
「なーに?」
「私、あなたといると幸せ」
それは紛れもない私の本心。
ときどき一月がすがりつくような瞳をするのを私は知っている。
だから、出来る限り伝えていこう。
彼がこの先も、この笑顔を見せてくれるように。
それが、あの船を降りた私たちに出来ることなんだ。
「俺もだよ…深琴」
くしゃくしゃの笑顔のあと、唇が私に降りてきた。
FIN.