みゅう語録
□Träumerei
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私はあの日、一度死んだ。
神様はなぜ私をこの世に留まらせたのか。
私は自分勝手な、自分なりの答えを見い出し、実行に移すことにした。
生まれ直したいとは思っていた。順風満帆な人生に飽き飽きしていたところもあった。このまま歳をとって老衰かそれに準じた最もな理由で消えるようにこの世を去るものだと思っていたから。
でも違った。順風満帆な人生なんて、私にはやはり相応ではなかったのだ。
自分が死の病に侵されてると知った時は、心の底で笑いが止まらなかった。
不謹慎極まりないが、私は喜んでいたのだ。普通に死を待つより、死が向こうから駆け足でやって来たことに感極まっていたのだ。
家族が深刻な顔をして私を慰める中、心の奥底でワクワクしていた。若くして死ねる、このまま歳をもう取らなくて済む、などと、頭がおかしくなったのだろうかと自分でも思うくらい、心躍っていたのだ。
だが、神様は医療の進歩によって、私を生かした。
不慮の事故、震災、不治の病、生きたかった人々にとって、私の存在はきっと疎ましいだろう。
だが、この世に私はまだ存在している。
だから、私はあの日一度死んで、生まれ変わったんだと思うことにした。
生前やりたかったこと、そう、例えば、子供達の成長を見届けること。
行きたかった夢の国に行くこと、映画の世界の国に行くこと。
そして、一緒を捧げるほどの身を焦がすような、大恋愛。
今の夫で満足し、一生を終えることを一番後悔していた事を不謹慎にも一番に死に際に頭に浮かんでしまったのだ。
神様のいたずらか、それは程なくしてやって来た。それも、理想が服を着て現れたような青年。
勿論、始まりはお互い深入りするつもりなんてなくて、おまけの恋愛ごっこのようなものだと思っていた。
なのにどうしたことか。5年経っても、今彼は私の隣にいる。それも子供達、ひいては母親までにまで気に入られた彼は、すでに私の一生を背負う覚悟で私のそばに居続けている。
笑い話じゃないか。初めはヤリモクだった、と今でも笑い話のように彼は私に飄々と語る。そして、今では自分の方が私を手放せないでいる、と。
どんなに私が荒れていても、別れ話を突き付けても、必死に向き合ってくれた。それは今でも続いている。
彼には幸せになって欲しかったからだ。愛しているから尚更。
しかし、彼の語る幸せは、私なしには成立しない、と断言するのだ。
彼の遺伝子を残すことも私にはもう出来ない。本当は自分の子供が欲しかっただろう。でも、それよりも私と一緒に、一生を過ごす事を決めた彼の瞳には、一点の曇りも見当たらなかった。
感謝しかない。迷惑しかかけていない。病気が再発したら、一番迷惑をかけてしまうだろう。だが、彼は笑顔で、私の骨を拾うよ、と抱きしめてくれた。
死ぬことは怖くなかった。
でも、今は、どんなことがあっても、彼と離れることが出来ない。もしかしたら、道連れにしてしまいそうなくらい。
一緒に死んで、と言っても、いいよ、と笑顔で返す彼を、やはり道連れには出来ないな、と軋む心を心の奥にしまった。
もう怖くない。あなたに看取られるなら。
願いが叶うなら、ガラスの靴を、約束の場所で履かせて欲しい。22センチで発注しておいて。ダーリン。