アルテア王国物語 第一部

□第六話 エリーとエミリア
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夕暮れを待ってエリーとエミリアは〈とんちき亭〉に向かったのだが。

人だかりの中に黒服姿の男女が結構ウロウロしていたり。

エリーは目立つフワフワの髪を括ってツバの広い丸い帽子の中にしまい込んだ。

一応、サングラスなんかもかけているのですぐにはバレないだろう。

それでも、エリーは回り道をしながら歩くものだから、

〈とんちき亭〉に着いた頃には日が沈んでしまっていて、辺りはもう暗くなっていた。

とはいえ、表通りの街灯は道行く人々を照らし、いつもの賑わいを見せていた。

「いらっしゃいませ‥‥‥あら?」

エミリアが店の扉を開けるとヴィレの明るい声が聞こえてきた。

「エミリア、今日は休みじゃなかったの?」

ヴィレは言った。

「そうなんだけど。ロイドに会いたいっていう人がいて、それで連れてきたんだけど」

「ふーん、そうなの」

と、エミリアの後ろに立っているエリーをまじまじと見る。

「どーも」

エリーは笑顔であいさつする。

ヴィレはつられて微笑み、

「いらっしゃいませ」

と言った。

二人はとりあえずカウンターに座り、エリーは麦酒、エミリアは果実酒を頼んだ。

「なんだ、珍しいじゃねえか、お前が飲みに来るなんて」

ラジは注文を持って奥から出てきた。

「‥‥‥ロイド、来るかなぁ」

「なんだ、ロイドに会いに来たのか」

「私じゃなくて、この人が会いたがってるわけで」

「でも、お前も会いたいんだろ?」

「‥‥‥なんでそうなるんだか」

とエミリアはつぶやくように言った。

「マスター、お代わり」

とエリーは空になったジョッキをラジの前に突き出して言った。

「まいど」

と、ラジがそのジョッキを受け取ろうとした時。

ラジはエリーの顔を見て手を止めた。

エリーはラジがジョッキを受け取ったと思って手を離す。

が、ラジはまだジョッキをつかんではいなかった。

ジョッキはそのまま床に落ち、音を立てて粉々になった。

「きゃっ‥‥‥ごめんなさい」

エリーは言った。

「あなたが謝らなくてもいいわよ」

エミリアは他人事のように知らぬ顔で果実酒を飲みながら言った。

「ぼーっとしてるマスターが悪い」

ラジはエリーの顔を凝視する。

他人の空似か、それとも本人か‥‥‥。

その時、エリーは、ラジが自分の事を知っている事を悟り、人差し指を立てて自分の唇に当てた。

私の事を言わないで。

と無言で言っていることにラジは気付き、しゃがんで割れたジョッキのかけらを拾い出す。

慌ててヴィレがチリ取りとほうきを持って来た。

「マスター、どうかしたの?」

と、首を傾げるエミリア。

「いや、なんでもねえよ。ヴィレ、掃除は俺がするから、麦酒を出してやってくれねえか」

「あ、はーい」

とヴィレは奥に引っ込んだ。

本人‥‥‥だな。

それなら、この子がロイドに会いたがっている理由もわかるが‥‥‥。
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