アルテア王国物語 第一部
□第四話 晩夏の怪談
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「あら、いらっしゃい」
<とんちき亭>の扉を開けると、エミリアの元気な声が、いの一番に聞こえてきた。
「麦酒を頼む」
と言いながら、カウンターに座った。
「はいよ。ちょっと待ってね」
エミリアは皿を洗ってる手を止めてジョッキを取りに行った。
「ん?」
と、ロイドは横に子供が座っているのに気がついた。
十二、三歳の少女。
なんか見たことがあるような、ないような。
「あ、あの時のおじさん!」
その少女はロイドを指して驚いた。
「おじさん‥‥‥?それ、俺のことか?人違いじゃないのか?」
少女が自分のことを知っているかどうかよりも、おじさんと呼ばれたことが気になる。
俺はそんなに老けているのか。
「おじさん、はい、麦酒」
エミリアは並々と注がれたジョッキをカウンターのうえに置いた。
「俺はおじさんじゃねえよ」
と真顔で抗議するロイドを見て、エミリアは吹き出してしまった。
「あははは。何怒ってるのよ。ってこの子のこと、覚えてないの?」
そう言われてロイドは少女をマジマジと見た。
黒い長い髪を後ろで束ねている。
幼児体型、とは言っても子供なのだから仕方が無い。
少女はロイドの視線に耐えかねてソッポを向いてしまった。
「ローズよ、ローズ。もう忘れたの?」
「あ、ダルモア卿の。あの時の子か」
ようやく思い出したロイドに、ローズは振り返って微笑んだ。
「遅いよ、ロイド。なんで忘れるのよ」
エミリアは口を尖らせる。
「俺だって忘れることくらいあるさ」
ロイドは並々と注がれたジョッキに口をつけた。
「ところでさ、仕事、今度いつ休み?」
「なんで?」
「ちょっと一緒に来てほしいところがあって」
「なんだ、海にでも連れて行ってほしいのか?」
「あんた馬鹿ね。なんでそうなるのよ」
「まあ、その胸の大きさで水着姿になっても目の保養にもならんがな」
「いい加減、殺すわよ。小さいかもしれないけどちゃんとあるんだから」
「で、どこに行ったらいいんだ?」
「店の前の通りを西に行ったら山があるでしょ?」
「なんだ、山か。海とそんなに変わんないじゃないか」
ロイドの言葉に、エミリアはまな板の上に置いてあった包丁を掴んだ。
「話を最後まで聞いてほしいんだけど?」
タン、タン、タンと何かを刻むように包丁でまな板を叩く。
「エミリア、暴力はいけないよ、暴力は」
「その山の中腹に廃墟になっている建物があって」
「ああ、そういえば没落した貴族の別荘があったな」
「その建物、出るのよ」
「出るって‥‥‥何が?」
「お化けよ。子供の幽霊が出て、夜な夜な床をきしませながら、
広い建物を彷徨っている噂があるの」
「床をきしませながら、って足があるってことだろ?単に子供が住み着いてるんじゃないか?」
「それよ、それ」
エミリアは手に握っていた包丁で、ターンとまな板を叩いた。
「‥‥‥その手癖をやめろ」
チラリとローズの方を見ると、いつの間にか白いご飯と焼き魚が出ていて、
頬にご飯粒をつけながら一生懸命それを食べている。
定食屋か、ここは。
「それを確かめに三人で行こうって話なんだけど」
「‥‥‥三人?」
「そう、三人」
「俺とエミリアと‥‥‥?」
「ローズよ」
「え!?」