現世の心

□第七話
2ページ/7ページ




俺は自分の隣の部屋の前に止まり、中に声を掛ける。


斎藤「雪村、いいか?」

千鶴「…斎藤さん?はい、どうぞ」


入室の許可を得て部屋に入ると、雪村の側で静かに眠る鈴風の顔があった。


千鶴「もう会議は終わったんですか?」

斎藤「ああ…」


そう一言だけ返事をし、眠っている彼女へともう一度目を移す。

それに釣られて雪村も目線を鈴風に向ける。


千鶴「瑠樹さんなら大丈夫ですよ。大した怪我もありませんし、しばらくすれば目も覚めると思います」

斎藤「ああ、源さんから聞いた。

お前も池田屋から帰ってから寝ていないだろう。ゆっくり休め」

千鶴「でも…」

斎藤「源さんからもお前に休むようにと言伝られている。後は俺がやっておくから休んでおけ」

千鶴「……じゃあ、お言葉に甘えて」


渋々と食い下がった雪村は鈴風を起こさぬよう静かに立ち上がり、部屋を後にした。

そして俺は雪村がいた場所に座り、傍にあった水の入った桶の手拭いを彼女の額に乗せる。


『ん…』


手拭いの冷たい感触に反応してか、瑠樹の瞼が微かに動く。

だがあくまで微かに動いただけで、目を開けることはなかった。


斎藤「…………」


俺は彼女の前髪……いや、正確には前髪で隠れた右目へと目を向けた。


斎藤「…………」


そして…その前髪に手を掛ける……が、


ーーいや…みないで……!


斎藤「………っ」


彼女の言葉を思い出し、前髪から手を離した。




人は誰しも、知られたくない秘密はある。

そしてこの新選組にも…決して知られてはならない秘密がある。


幕府から内密にと受けた命(めい)…
鈴風と雪村が見てしまった存在。


彼女らがどこぞの間者だとは思えないが、この事は絶対に漏れてはいけない…


『う…ん…』

斎藤「!」


唸る声にハッとする。



『…お……お、かあ…さ…』



ーーおかあさん?

母親の夢でも見ているのか?


『お、かあさん…おかあ、さん…!』


魘されながら、ただひたすらに"おかあさん"と繰り返す。

これから察すると、いい夢を見ている訳でも無さそうだ。

…起こしたほうが良いのだろうか?


斎藤「鈴風」


俺は彼女の名前を呼んで揺り起こしてみる。


『いや、だ…おかあさん…いかないで…!』

斎藤「鈴風!」


しかしいくら揺すって呼んでも彼女は起きない。


斎藤「……瑠樹!」


思わず勢いよく彼女の名前を呼ぶと…



『……う…』


次第に落ち着いていき、彼女の顔も苦痛の表情から安らかな表情へ戻っていく。


そして…



『………さい、とうさん…?』
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ