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□□square□‥‥5[多角的渦]
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放課後に土方が剣道場を訪れたのはもう既に練習が始まっている時間だった。
それというのも聞きつけた噂の真相を聞きだすべく山崎を探していたからだ。
結局見つけることができず、もやもやと疑問を抱えたまま部活へと向かった土方を迎えたのは部員達の様子を覗うような瞳。
それに気がついて訝しげな顔をする土方から部員達は目を逸らす。

不思議に思いながらも部室へと足を運んだ土方はロッカーからはかまを収めた紺の袋を引っ張り出した。
もともとは体育館の一部を剣道場として改築した現剣道場の部室は元体育館倉庫で、明るくて綺麗とはいかないし冬には相当冷え込む。
所詮元倉庫コンクリ壁にくり貫かれた窓と、ボールなどで割れるのを防ぐためにはめ込まれた鉄の格子がなんとも寒々しいが、殆ど着替え程度にしか使わないからさほど問題は無い。

体育館内の一番隅に位置するその場所は当然壁一枚隔てて外だ。
学校の周りに張り巡らされたフェンスとその壁の間には側溝と人がすれ違える程度の広さしかない。
側溝にはめ込まれたコンクリートのブロックの蓋が所々無かったりで迂闊に体育館の扉を開けておくとボールを落としてしまったりと大変だったりするのだが、土方ら剣道部には縁のない話で、だからこそ体育館を二分したこちら側を剣道部が使っているというのもあった。
当然そんなところに用があるとすればドブ浚いでもさせられる時くらいのもので、あまり人が通るということも無いのだが壁際から声が滑り込んでくるのに土方は着替えの手を止めた。

「何でだよ、…一緒に帰ろうぜ」
「だから、今日は本当に部活見ないといけないんだってっ…な?今日は勘弁だ。」
「……」
「明日は大丈夫だから」
「……解った。」

ふてくされたような声と、それをなだめる声。
物凄く聞き覚えのある声、そして今土方の気にかかっていた当の人物の声だ。
そっと格子越しにガラス戸を滑らせて外を覗く。

近藤のワイシャツの襟を掴んで引き寄せその身長差を埋めた高杉は、近藤に触れるだけに唇を重ねて踵を返した。
途中振り返って後でなと付け足す高杉に、見られてはいないかと辺りを見回していた近藤はそれでもかくりと頷いて、その遠ざかる背を見送る。

心労をため息に乗せて吐き出す近藤、一部始終を見守りながらもそれをどう自分の中で消化していいものか土方はそのまま座り込んでコンクリートの壁に額を押し当てた。
噂は、本当か…それは判断を猶予するとしても近藤と高杉が自分が自分が思っていたのとは異なる関わり方でそこにあったことだけは確実だ。

体育館の重い鉄の扉を引きあけて、近藤が体育館裏から中へと戻ったのがその音で知れた。
自分も早く練習へと出なくてはならない。
たかが着替えにこんなに時間をとっていては皆に怪しまれる、近藤にも要らぬ不安を与えてしまうだろう。
あくまでも何事も無かったように振る舞わ無くてはならないのだ。

今すぐにでも高杉を追いかけて問い詰めたい気持ちを押さえ込んで平静を装い、それとは間逆に何も知りたくないとも思う、事の真相に対して湧き上がる不安と入り混じる思いもねじ伏せる。
防具を纏って部員達の所へと向かえば、それまでの指揮をとっていた沖田が土方へと視線を投げた。

「遅いんだよ土方コノヤロー、どこの姫さんのドレスアップでィ。」
「悪ィ…」

いつもなら何かしら悪態づいて怒鳴りつけてくるだろう土方は一言それだけ言って面を被ってしまった。
表情の読みづらくなるのに覗き込むような沖田から視線を逃がす。

いつもは邪魔臭い面だが、今日ばかりは感謝だ。
面の格子越しに近藤を見やれば神妙な面持ちをしていた。

近藤先生が、高杉を好き…?
高杉が近藤先生を…好き?

どこか疲れたような近藤を横顔を見つめて、土方の脳裏を掠めていくそれはどちらもどうしてもしっくり来ないように思えた。
じゃあなんなんだろうか…

上の空のままに、それでも身体が覚えている練習をこなして、土方の足はいつもとは違う道へと進められた。
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