long〜Timeless
□終わっていいって、
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池袋・某病院内
「寒いよ、正臣」
背後からの声に、振り返らぬまま扉を閉める。
「ああ、ごめん」
彼の顔に浮かぶのは苦笑。だが、その目は窓に映る自分の笑いを確認している。自分の表情が上手く作れている事を確かめるかのように。
紀田正臣は友人のお見舞いきていた。来ているはずだった。
だが、彼は自分でもわからないうちに過去に―――三ヶ島沙樹に引き寄せられていた。
「こっち……見てくれないんだ」
「………」
そのまま暫く沈黙が続いたが、不意に、優しげな少女の声が個室の声が響き渡った。
「友達が、入院してたんだって?」
「……誰に聞いた?」
杏里や未来、その他の知り合い事は、声の主には一切話していない。
正臣が複雑な感情を込めた瞳で振り返ると、ベッドの上で上半身だけ起こしている少女は、問いかけを無視して自分の言葉を吐き出す。
「窓から見えたよ。毎日来てたもねぇ。やっぱり女の子?」
「まあな。ナイスバディで眼鏡……アンバランスさが魅力的なまっとうすぎる女子高生さ」
否定もせず、冗談のように答える正臣。少女はその答えに動じる事はなく、寧ろ笑顔を浮かべながら更に深い話に踏み込んでいく。
「好きなの?」
「ああ……同じ学校の子でさ。親友と三角関係の真っ最中だよ。あぁ、俺には未来がいるから四角関係だな」
否定しないどころか、自分から情報を紡ぐ正臣に、少女―――三ヶ島沙樹は嬉しそうな声を張り上げた 。
「へぇ、自分から四角関係の道を選ぶなんて、結構本気なんだ。それに、杏里さんのことは良く分からないけど、未来ちゃんはとってもいい子だもんね……」
「?……未来の事知ってんのか?」
沙樹の視線の先を追うと、正臣に見覚えのある問題集や参考書。それは試験前に未来が使っていた物と同じだった。
「未来ちゃんは私の先生なの」
「は……?」
「よく此処に来て勉強教えてくれるの」
「どうしてあいつと―――」
「でも、正臣がナンパ以外で女の子をひっかけるなんて珍しいよね」
正臣の質問を遮り、クスクスと笑う沙樹に、正臣は無言のまま再び外に目を向ける。5階に位置する窓からは、病院の正面口が良く見えた。
人の顔や服装も意外とはっきり認識でき、視力が良く―――しかも常に外を観察していれば、確かに自分の来訪を確認する事はできただろう。
そんな事を考えている正臣に、沙樹は変わらぬ笑顔で言葉を投げかける。
「でも、ひとつ訂正していいかな」
ショートカットの髪を軽く揺らしながら、白い肌の子首を軽く傾げ、そっと呟いた。
「私も入れれば、五角関係だよ」
「はいストップ。沙樹、とりあえず、ストップ。口を閉じて鼻で息してよく聞いてくれ」
冗談とも本気ともつかない言葉に、正臣は斬り捨てるように呟く。少女の方を振り返らず、窓に映る自分自身と目を合わせながら。
「俺達は、もう、終わった。フィニッシュ、打ち切り、店終い。そうだろ?」
「終わったなら、どうしてこうして時々来てくれるのかな?」
「………」
正臣は何か答えを紡ごうとするが、それを止めるように沙樹の口から声が漏れる。
「最近……急にまた来てくれるようになったよね。何かあったの?」
「………」
沈黙を続ける正臣に、沙樹は淡々と唇を動かし続けた。窓硝子に映る少女の顔は本当に柔らかな笑顔をしていたが、唇以外は完全に動きを止めている。
その笑顔を作る事に慣れすぎてしまったとでもいうかのように。
「また……昔に戻りたくなったとか?」
「……悪ぃ。今日はもう帰るわ」
誤魔化すように別れの言葉を呟くと、正臣は沙樹に軽く手を挙げて病室の外へと足を向ける。その背中にかけられる、少しだけ感情の色が強くなった沙樹の声。
「正臣は、戻ってくるよ」
少女の声を打ち消すように、正臣は迷わず扉に手をかける。その先に語られる言葉は、もう何度も何度も聞いているのだろう。
しかし、少年は今他のことに頭の中を支配されていた。――――未来が何故、沙樹と接触したのかを。彼女とその背後に存在する折原臨也のことを思い浮かべながら。