短編(main)
□続・月、満ちる日には
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「やはり、ご懐妊で間違いないですね」
夏津と入れ替わるようにやってきた緒形は、茜の診察を終えると、にっこりと微笑んだ。
数ヶ月前から『お腹に子どもがいるかもしれない』と緒形から言われていたが、やっとはっきりとした診断がおりた。
「ありがとうございます」
茜はほっとすると同時に、喜びがこみ上げる。
(ここに・・・、赤ちゃんが・・・)
自然と顔が綻び、お腹に手をあてた。
緒形はあれやこれやと、今後の指示を伝えてくる。
茜が聞き漏らすまいと真剣に耳を傾けていると、緒形がふっと表情を緩めた。
「ところで、夏津殿はどうされました?今日は一緒にお話を聞いていただけるものだと思っていました」
「今朝引き止めたんですが・・・。すみません」
「いえ、責めているわけではないんですよ」
せっかく時間をつくって来てくれた緒形に申し訳なく、茜はうつむく。
「実は赤ちゃんのことを夏津に話せてなくて。朝、急に話したので驚かせてしまったみたいです」
「なるほど」
緒形は困ったように微笑むと、茜に穏やかな視線を向けた。
「夏津殿は茜さんに出会って落ち着かれたと思っていましたが・・・。なかなか根深い何かがあるんですね」
「はい・・・」
*
これから城に戻るという緒形を玄関まで送る。
「ではまた来月にきます。それまでに何かありましたら気軽に呼んでくださいね」
「はい。ありがとうございます」
「家光様も心配しておいでです。文など送ってさしあげてください」
「家光様が」
家光のことを考えると、自然と城で過ごした日々を思い出した。
影武者をしていた自分と大奥に暮らしていた夏津。
その頃の夏津は、すべての人間らしい感情に蓋をしていた。
「茜さん」
物思いに沈んでいると緒形に声をかけられる。
「夏津殿のことは、あまり心配されなくても大丈夫だと思いますよ」
「はい」
「私は夏津殿を信用しています」
「私もです」
茜は緒形に言われて、改めて夏津を思う。
『子どもができた』という茜の言葉に、揺らした瞳。
そこにはどんな感情が浮かんでいただろうか。
「ただ夏津は、・・・怖いんだと思います」
「『怖い』ですか?」
「はい」
以前の夏津は、過去に捕われるあまり自分が幸せになることを怖がっていた。
かつての日常を奪った理不尽な権威に、何もできなかった自分。
己の無力さを無意識に責め、当たり前の幸せを手に入れることなどあってはならない。
自らが歩むのは修羅の道しかない、と。
しかし夏津は、その傷も悲しみも自分の力で克服してきた。だからきっと。
「きっとすぐに喜んでくれると思います」
茜が顔をあげると緒方は少し驚いた表情をした。
「茜さん、強くなりましたね」
「え?私がですか?」
「ええ」
(私が強い?)
いつも夏津に助けられてばかりだと思っていた。
でももしそうだとしたら、きっと夏津のおかげだろう。
「茜さん」
「はい」
「赤ちゃん、楽しみですね」
「はいっ」