短編(main)

□幻夜の蛍 序/結
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<序>

「はあ・・・」

公務を終え部屋へ戻る廊下を歩いていた茜は、大きくため息をついた。

(どうしてあんなことになっちゃったんだろう・・・)

昼間、茶室で会った二人のことを考えると複雑な気持ちになる。
第一正室候補の鷹司と、つい先日までその世話役だった夏津。
茜が初めて出会ったとき、鷹司は夏津を『立派な世話役だった』と褒めていたし、夏津は『鷹司様』と呼んで慕っているように見えた。
しかし。
茜が将軍の影武者を勤めるようになって、まだそれほど経っていないにもかかわらず、その短い間に二人の関係はかなり拗れてしまっているように見える。
しかも良くない方向に。

二人が何故そうなってしまったのか茜に知る由もないが、自分が影武者だと気づいても騒ぎ立てずにいてくれる二人には感謝している。
自分で力になれるのならば、以前のように互いを尊重し合える仲に戻って欲しかった。

「どうすれば仲良くなれるんだろう・・・」

「どなたかと仲良くなりたいとお考えなのですか?」

「?!」

かけられた言葉に驚いて振り向くと、そこには大奥総取締役の永光が立っていた。

「・・・永光」

「私でよければ相談にのりますよ」

永光はいつものように穏やかな表情をうかべ、話を促すように微笑んだ。

「いや、そうではなく・・・」

そう言いかけて茜は口をつぐんだ。

(永光さんなら、なにかいい考えを持っているかも)

この一筋縄ではいかない大奥の面々を一人で束ね、取り仕切る永光の力量は誰がみてもあきらかだ。
茜は二人の名前はふせたまま、相談してみることにした。

「実は、お前の言うとおり気安くできればと思う相手がいるのだが・・・どうも拗れてしまってな。上手く話すこともできないのだ」

永光は茜の言葉に一瞬妖しく口元をあげると、着物の袂を探り、中から何かをとりだした。

「お話しは分かりました。ではこれをどうぞ」

「これはなんだ?」

茜は永光が差し出した、小さな陶器の瓶を受け取る。
傾けると、中に何かの液体が入っているのが分かった。

「これは仲良くなりたい相手と一緒に飲むと、急激に親密になれるという唐の薬です」

「薬?」

「まあ薬といっても『まじない』のようなものです。人体に害はありませんので」

小瓶からはなにやら甘い花のような芳しい匂いがする。

(仲良くなるためのおまじない・・・)

茜が半信半疑に小瓶を見つめていると、永光が耳元に口を寄せた。

「お酒に混ぜるとより効果が高まるといわれていますよ」

「・・・っ!」

急に近づいた距離に茜が驚いていると、永光はさっと体を離し、柔らかく微笑んだ。

「とにかく二人一緒に飲まないと効果はありません。これだけは気をつけてください」

「ええっと・・・、本当に仲がよくなるのか?」

「今なら、宵の頃、東の離れから蛍が見えます。そこで使えば効果覿面でしょうね」

永光の自信ありげな表情に茜は頷く。

「そうか。では二人に薦めてみることにしよう。これで仲が良くなるといいのだが・・・」

「・・・え、上様?」

「礼を言うぞ。永光」

茜は、あっけにとられた表情の永光に気づかず、葵の間へと急いだ。

(また前みたいに、二人が仲良くなれたらいいな)

もちろん、これからの準備を整えるために。



去っていく茜の背を見ながら永光は一人呟く。

「何か誤解されていたようですが・・・、まあ、いいでしょう」

笑みを深める永光は、ぼんやりと暗くなり始めた空に目を向けた。
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