連載・そして、いつだって

□綻び 2
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話があるという春日局を屋敷に招き入れ、茜は、茶を二つ__春日局と鷹司のために__用意した。
邪魔をしてはいけないと、その場を辞そうしたが、春日局から、とどまるようにと告げられた。

向かい合って座す鷹司と春日局。
庭にいるおはぎが、それにならうようにこちらを見て座っている。

茜は、鷹司のとなりに遠慮気味に腰を下ろしたが、鷹司は茜を見なかった。

「茜、今日はあなたに話があってきた」

「私にですか?」

「そうだ。私のことは家光様の名代だと思ってくれて、差し支えない」

「家光様の…」

首をかしげる茜のとなりで、鷹司は、依然として、不満げな表情をくずさない。

「あなたに話を通してもらうよう、何度も鷹司殿に話していたのだが…」

春日局は、一瞬鷹司に視線を流すと、小さくため息をついた。

「その様子では、なにも聞いていないのだろう?」

「…」

どう答えれば良いかわからず、鷹司をうかがう。
鷹司は何かに耐えるように、固く拳を握っていた。

(鷹司…?)

春とはいえ、日ざしほど温かさを感じさせない風が窓から吹き込み、鷹司の前髪を揺らす。
覗く瞳は、まっすぐに春日局を見すえていた。

「だからといって、いきなり押しかけて来るのは、乱暴なやり方だ」

低く、怒りを押し込めているような声だ。

「たしかに」

対する春日局の涼し気な口調。
鷹司の挑発的な物言いに茜はひやりとしたが、春日局にはどこ吹く風だった。

「鷹司殿の言うとおりだ。非礼は詫びよう。ただ、それだけ後がない状況なのは、鷹司殿もご存じのはず」

「…承知できない。別の方法を考えてください」

(何の話?鷹司が話してくれなかったことって…?)

張り詰めた空気のなか、茜がさきほど入れた茶が、場にそぐわない、ゆったりとした湯気を立てている。

「別の方法も何も、家光様を守るために『これ以上の策はない』。そう言ったのはあなただろう」

「違う。そんなことを言ったおぼえはない」

「だとしても、決めるのはあなたか?」

「何と言われても断る!」

二人の緊迫した応酬が続く。
鷹司の声は、すでに怒りで震えていた。

(家光様を守るための策…。それを鷹司は考えて、あんなに悩んでいたの?)

なんにせよ、供もつけずに現れた春日局だ。
城でよほどのことが起きているのだ。
そして、茜に話があるといった。

(つまり…そういうことだよね)

ふと顔をあげると、春日局と目が合った。

「春日局様」

「なんだ?」

「お話というのは、その…」

言い淀む茜に、春日局はふっと口の端だけで笑う。

「あいかわらず、察しがいいな」

満足げな微笑みは、茜の予想が正しかったことを示していた。

「茜」

「はい」

「あなたにもう一度、家光様の影武者を頼みたい」

「おいっ!」

鷹司の鋭い声がとんだが、茜は、春日局に話のつづきを促した。

「それはどのくらいの期間でしょうか?」

「茜っ!聞く必要はねえ!」

「早くて二週間、長くて三か月(みつき)」

「三か月…」

以前、家光様の影武者をしていたときのことを茜は思った。
あのときの最初のひと月は、永遠に終わりが来ないのではないかと感じるほどに長く、命の危険も幾度となくあった。
しかし。

「茜。家光様と幕府は、今重大な危機に直面している。それを救うには、あなたが必要だ」

「何を勝手なことを…!」

語気を荒らげる鷹司を気遣いつつも、茜の心は決まっていた。

「私で、お役にたてますか?」

「あなたでなければ勤まるまい。家光様たっての願いだ」

「わか…」

わかりました__そう答えようとしたとき、突然鷹司が腰をあげた。

「この馬鹿っ!」

その拍子に、畳の上の湯呑が、がしゃりと音を立て、たおれた。
熱い茶が流れるのも構わず、膝立ちになった鷹司は、茜の両肩を掴む。
その力は、思わず振り払いそうになるほどに、強かった。

「い、痛っ。たかつ…」

「絶対に駄目だっ!!」

叫ぶように言い切った鷹司は、茜を背にかばうと春日局に向き直る。
茜の目には、見慣れた緋色の着物が、美しく揺れる様が映った。

「茜を行かせるわけにはいかねえ」

「無理は承知で頼んでいる」

「言っただろっ!何と言われようと断る!この話は終わりだっ!!」

鷹司の剣幕にも、春日局は少しもひるんだ様子を見せなかった。

「…鷹司殿。今日の役目は免除しよう。夕刻に、茜を迎えに籠をよこす。それまでに話し合っておいてほしい」

春日局は立ち上がる。

「では、城で」

「…行かせねえ。絶対だ」

「鷹司…」

茜には一瞬、春日局が苦し気に眉を寄せたように見えが、すぐに背を向けてしまったので、確信はもてなかった。
鷹司の気持ちを汲むように、おはぎもまた立ち上がり、春日局が廊下を去る様を、じっと目で追っていた。

___

城へ」へつづく


 

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