連載・そして、いつだって

□夏津1
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夏津は葵の間に入ると同時に、今回の策についての説明をはじめた。

「まずは状況の整理からだ」

茜が持ってきた書物とは別の、多くの資料が畳の上に広げられる。
整然とまとめられた手記は、夏津自身の手によるものだろう。

「今回の件に関っているのは、ざっと見積もっても20人に満たないはずだ。それだけ極秘事項
だということだ」

「はい」

将軍が入れ替わるのだ。
前回と同じく、外部に知られないようにしなければならないだろう。

「わざわざ言う必要もねえと思うが、中心となっているのは上様と水尾様、春日局様とお万の君、そしてあのぼっちゃんだ」

『ぼっちゃん』、つまり鷹司のことだ。

「あとはお前の世話をする稲葉殿と、上様とともに京へ行く火影。それにお万の君の代理の俺だ。公(おおやけ)に会議に呼ばれてはいないが、おそらく日向様と九条殿、緒形殿も知ってるはずだ」

さすがに家光の兄である日向や、医者の緒形をごまかすことはむずかしい。
以前影武者をしていたときにも、お世話になった二人だ。

九条は摂家の出身で、水尾とも近しい間柄だと聞いている。
なにかと役割を担っているのだろう。

「上皇の側近も何人かが知ってるはずだが、俺も正確な人数は知らねえ。ここまでで質問は?」

夏津が、すっと目を細める。
春日局の講義とは、また違った緊張感のある眼差しに、茜は居住まいを正した。

「あの、近衛様はなんのためにわざわざ大奥へくるのでしょうか?」

「それがこの問題の根っこの部分だ」

そのことについては家光とも話したが、濁されたのだった。
家光がはっきり告げなかったのは、確信がない部分だったからだろう。

「順序立てて説明する」

茜は、大きく頷く。
床の間には、立派な花をつけた芍薬(しゃくやく)が飾られていた。
再びこの城へと連れてこられた茜の不安を、少しでも和らげようと、稲葉が用意したものだが、今の茜の目には、その美しさは映っていなかった。

「まず、最近の近衛家だが、すこぶる『これ』の回りがいいらしい」

夏津は掌を上に向け、親指と人差し指で輪をつくる。
金銭のことをいっているのだ。

「でも、近衛家は五摂家でも筆頭のお家柄ですよね?裕福なのは当然ではないですか?」

茜が首をかしげる。

「ああ、普通ならな。だが、近衛家は、以前不祥事を起こしたことがあったらしく、当時帝(みかど)だった水尾様に、領地の大半を没収されたそうだ。それからは摂家筆頭は名ばかりの、細々とした暮らしぶりだったらしい」

(そうなんだ)

江戸にいると京の様子は全く伝わってこない。
外には出ていないが、近衛家の内情は悪かったのだ。
朝廷の事情も、江戸城と変わらずに複雑のようだ。

「それが、明日来る予定の近衛が、家を継いでから、みるみる羽振りがよくなった」

「それは…」

「なにかが裏で起きていることは容易に想像できるが、くさっても摂家筆頭の『近衛家』だ。だれも声を上げられねえ。あの水尾様ですらだ。情けねえ話だ」

(近衛家が裏で何か良くないことにかかわっている。そして今度は城へ?)

茜が聞いた話を頭で整理していると、夏津の空気がふっとゆるんだ。

「このへんは、鷹司からの情報だ」

「そうですか…」

なるほど、鷹司なら、京のことに通じているのも道理だ。

「鷹司の予想では、近衛がかかわっているのは、おそらく『南蛮からの武器の密輸』だ」

「武器の密輸…?」

「あのぼっちゃんが言うには、もともと近衛家は、大坂(おおさか)の港と深いつながりがあったらしい」

南蛮との交易は、幕府によって特別に許可されたもの以外、厳しく禁止されている。

「ためしにあっちの情報を集めたら、南蛮の船を見たって町人が数人でた。大当たりだったってこった」

「でも、密輸なんて…」

例え公家であったとしても、それがほんとうなら重罪だ。
武器とあれば、なおさらひどい。

「仮に武器を密輸していたとして、それをどうするんですか?」

近衛家が武器を集めたとして、買い取り先がなければ意味がない。

「朝廷側に売るんだ」

「まさかっ?!」

「いるだろ?水尾の失脚を狙っていて、幕府に取って代わろうって連中が」

「天皇復権派…」

夏津は、「よくできました」というように、茜の頭にポンと手をのせた。

「そこと手を組めば簡単にもうかる。自分たちの地位も守れ、上皇への恨みも晴らせる。一石二鳥ってわけだ。腐った貴族どもが考えそうなことだ」

「では、密輸の現場を抑えるために、家光様は大坂(おおさか)に行ったんですね」

「ああ」

やっと全体が見えてきた茜に、夏津は薄い笑みを唇にのせる。

「天皇復権派が幕府に、今にも戦(いくさ)をふっかけようとしてる。それが現状だ」

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夏津2」へつづく



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