*及岩物語

□今すぐ迎えに行くからね
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別れを切り出したのは自分からだ。



「及川、あのさ…」



隣りに座っていた及川が、持っていたマグカップからこちらに視線を移し
首を傾げて目だけで「何?」と聞いてくる。



「………別れよう」



無表情になった及川を見て思わず目をそらしてしまいそうになるが、
こんな顔をさせているのは自分だ。
責任を持たなければと踏みとどまる。



「別にお前の事を嫌いになったとかじゃなくて」



ずいぶん勝手な事を言っている自覚はある。
こんな言い方は勝手だし都合がいいし狡い。


けれど、嘘は一つもない。


及川が無表情のまま再びマグカップに視線を戻してゆっくりとテーブルに置いた。


うつむいた横顔に決心が鈍りそうになるがもう決めた事だ。


「将来の事を考えたら…
やっぱりこのままじゃダメだと思ったんだよ」

及川はちゃんと幸せになるべきなんだ。

大学を卒業して、就職して、
その中で出会った人と結婚して家庭を築いて……

ムカつくけどこいつは顔は良いからきっと子供も可愛いだろう。
案外親バカになるかもしれない。


どんな親になるかはわからないが一つだけわかっているのは
その時隣りにいるのは絶対に自分ではない。


だって叶えてやれる事なんて何もないのだから。

一度そう考え始めたら、そうとしか考えられなくなって
勝手に答えを出してしまった。

どんな理由であれ、突然こんな事を言われて納得はしないだろう。

怒るだろうか?
責めるだろうか?
問い詰めるだろうか?


と、様々な想定をしていたが



「わかった」


「え?」



及川の返事はとても静かなものだった。
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