fibber

□01 堂に升りて室に入らず
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静まり返る店内。二人の男が酒を酌み交わしながら談笑している。

「しかしお前も懲りないな」

バーテンダーらしき男が言った。店内に店員らしき男は彼だけだ。差し詰め、この店のマスターと言ったところか。

「少しは遊んでやらないと、な」

「そんなこと言って、捕まってやる気なんて更々無いんだろう?」

グラスを煽ると、男の喉を焼け付くような熱さが駆け抜ける。当然だ、彼が飲んでいるのはモヒートのストレートなのだから。

その熱さに顔を顰める自分とは対照的に、涼しげな顔でウォッカを煽る男を恨めしげに睨む。

「……最近、自責の念に駆られてな……。もう、良心の呵責に耐えられそうにない……」

嫌みなほどに憂いを滲ませて、皮肉を口にする。

傲慢そうに見えて決して驕らず、大胆不敵で衝動的。思い立ったらすぐ行動する癖してもどかしいまでの慎重派。

それが平賀徹の知る青島仁という男だった。

(あ、また間違われてる)

届いたメールをバーカウンター下で繋いだパソコンから確認する。

徹は下の名前を間違われることが多々ある。始めのうちは一々訂正していたが、そのうち面倒になってやめた。

(”とおる”でも”てつ”でもなくて、”いたる”なんだけどね)

徹の名前を一度も間違えなかったのは、後にも先にも仁だけだ。
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