裏
□笑う悪魔のお仕置きを
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いつもと変わらないお昼。
太陽は燦々と照りつける。
それはポカポカ暖かくて、日向ぼっこにはちょうどいい温度。
今朝、街から一度戻ったみんなの賑やかな声が心地よく耳を通り抜ける。
今は甲板のベンチに座って、膝の上で牛乳を飲んでいるチョッパーと楽しく話していた。
「−−−そしたらルフィがこんなに大きな魚を釣ったんだ!」
「え!?そんなに!?凄いね!!」
「おう!!」
ニコニコと可愛らしい笑顔を見せるチョッパーが愛くるしくてぎゅっと抱き締めた。
あまりの可愛さに腕の力を込める。
すると彼は苦しそうに足をバタつかせた。
「ツバキ…っ、く…苦しいぞっ…!」
「あ、ごめん。可愛いから、つい」
「か、可愛いなんて…嬉しくねェぞ!コノヤロー!♪」
頬を染めながら、目をへの字にさせて踊るチョッパーだが、誰もが見てとれる照れ隠し。
なんとも言えない程心が暖まる仕草に、私は目を細めた。
チョッパーはゴクゴク鳴らしながら牛乳を飲み干し、話の通り釣りをしているルフィとウソップの所へ歩いて行った。
その遠ざかる小さな後ろ姿を見つめる。
甲板で自分の思うままに過ごしているみんなに、日常の安心感を得た。
でもそれ以上に私が一番安心出来る場所は、あの人の…。
サンジ君の隣。
昨日過ごした二人きりの夜、時間、空間。
触れ合った感覚も、温もりも、全部。
「う〜……幸せぇ〜…♡」
頬を手で覆って、緩む口許を抑える。
考えるだけで、思い出すだけで、こんなにも幸せに感じる彼の存在が、私にとって一番の居場所だ。
「何がそんなに幸せなんだい…?」
「………」
閉じていた瞼を開けば、目の前に立つその愛しい人。
「うわわっ!!サ、サンジ君!?何でいるの!!?」
「えっと、紅茶持ってきたんだけど…」
「え?!あ、ありがと」
まさか本人が目の前にいるとは思っていなかった私は、慌てて体勢を立て直した。
ドキドキしながら紅茶を受け取り、息で冷ましてカップに口をつけた。
琥珀色の温かくて甘い紅茶から、サンジ君へと目を向ける。
彼は階段の手摺に寄りかかって何も言わない。
いつもなら見つめて来て「今日も可愛いね」とか「ツバキちゃんを見てると幸せだなぁ」って言ってくれるのに。
彼の様子ときたら。
煙草を吸うわけでもなく、人差し指と中指の間にそれを挟んだまま、口を抑えている。
髪で隠れた横顔からは、表情が読み取れなかった。
「あ、ツバキ。ここにいたのね」
ふと聞こえた声の方向に目を移す。
そこに立っているのは、ほんのり蜜柑の香りを放つナミだ。
階段から降りてきた彼女は私たちを覗くように見た。
「今日は静かなのね」
珍しい物を見たような言いっぷり。
言葉通りサンジ君は何も言わず、いつもの瞳にハートを浮かべたり、への字にしたりはしない。
「ねぇ、ツバキ。ショッピング行きましょう」
「え?!今朝あんなに大量に買って来たのにまだ買うの?!」
「寄ってないお店があるのよ!いいでしょ!!」
本当はサンジ君をデートに誘いたかったのだが、何だか声をかけずらくなってしまったまま。
彼と街へ出かけたいと思っているのに。
ただナミの誘いを断る勇気は…私にはない。
「………」
思わずサンジ君の方を見た。
彼が何か言ってくれるのではないかと期待して。
「あ、ごめん。サンジ君と出かけるわよね」
ナミがナイスタイミングで気使ってくれた!!
これでサンジ君が言ってくれれば…!
「あぁ…いや、二人で行ってきなよ」
しかし彼は口角を上げてそう言った。
「俺も買い出ししねェと…。ルフィの奴、散々食っちまったからな」
「じゃあツバキは、私とショッピングに決定ね」
「…うん」
ちらりと顔色を伺ってみるが、笑顔を向けるサンジ君。
いつもなら買い出しにも私を誘ってくれて、両手いっぱいの荷物でも全部自分で持ってくれて。
それなのに、今日はどうしてそんな台詞を言うの…?
あんなに燦々と照りつけていた太陽が黒い雲で隠れていても、私は気にも止めなかった。