表
□いけない恋心-2-
1ページ/1ページ
あれから半月が経った。
彼氏とはもう別れた。
連絡が来るのは今や会社の先輩や友達ばかり。
午後8時頃。
急に携帯の着信がなる。
普段はならない着信音だから、直ぐに分かる。
送信者名はきっと。
ゾロさん。
画面上に映る名前に胸が高鳴った。
『今、ツバキの家の近く通ってる。』
仕事でこっちに来てるらしい。
「“そうなんですか!”」…送信。
返信を待つ。
ピロリン♪とまた着信音が鳴る。
『少しだけ会うか?』
その内容を見た瞬間、更に鼓動が速くなった。
今ならゾロさんに会える…。
正直、会いたい。
「“うん…。”」
スマホをタップする指は、そう打った後、送信ボタンを押していた。
…ピロリン♪
『じゃあ出て来いよ。』
会えることが嬉しくて、早く会いたくて。
メールでの内容を見て、家を飛び出した。
マンションの入口を出る。
向かい側の歩道に一台の白い車があった。
中にいるゾロさんと目が合うと、手招きをされる。
通過する車に気をつけて、ゾロさんの車にかけより、ドアを開けた。
「はやく乗れよ」と言われ慌てて車に乗る。
「よぉ。久しぶりだな」
「…はい」
つい頬が緩む。
あの“キスの日”以来だ…。なんて。
(そんなこと思い出したってどうするの…!)
急にドキドキして、顔が火照る…。
ゾロさんはいつもと変わらないみたいだけど…。
「そういやァ、彼氏とはどうなった?会えたのか?」
突然の質問に頭はゆっくり冷静になる。
「あ…、彼とは別れましたよ」
上手くいってないのにズルズル続けてても、虚しいだけだから。
たくさん悩むのも、疲れちゃうよ。
それなのに…。
「逆に謝られちゃって、…何かモヤモヤします…」
正直、よく分からない。変な感覚だ。
「まあ…そりゃそうだろ、最初は。そのうち慣れる」
ゾロさんの言葉に少し安心した。
元カレに未練はない、…と思う。ないはず。
別れたことは悲しくないのに、胸の靄が晴れない。
この靄が未練から来るものなら、私はまだ、元カレが好き…?
それなら私がゾロさんといたいと思うのは、寂しさを埋めるためなの…?
確信が持てないからこそ怖い。
分からないから、不安だ。
でも今はただ、ゾロさんの側にいたい。
それだけしか考えたくない。
黙っていると、ゾロさんが口を開いた。
「…キスしてもいいか?」
運転席からのその声に心臓が跳ねる。
私は返事を返せない。
恥ずかしくて、座ったまま足下を見る。
彼がからだをこちらに向ける気配を感じるけど、動けない。
「キスしてェ…、しろよ」
もう顎を捕まれた。
拒むことは出来ない。だって嬉しいもの。
次第に近く距離に私は目を閉じた。
もっと知りたかった。もっと深くまで行きたかった。
だからその唇の感触を、静かな車内で味わう。
唇を吸われる。響くリップ音に身体が緊張した。
「…舌出せよ」
唇を少し離した間に言われた台詞。
彼の囁きに耳がジンジンする。
私はぎこちないながらに舌を絡ませた。
「…んっ……」
漏れる吐息と小さな声。
上手く呼吸が出来なくて頭がクラクラする。
何も考えることが出来なかった。
ただキスをするだけで精一杯だった。
暫くしてキスが終わる。
ファーストキスなんかじゃないのに、恥ずかしくて目が合わせられない。
そんな私の頭をゾロさんは撫でてくれる。
「…その反応は狡いだろ…」
何だか困った表情をしていた。
…ゾロさんの方が狡い…。
「あ、もう仕事行かねェとやべェ」
さよならの時間が来たようだ。
もう少し一緒にいられたら…。
「ん。もう一回」と、ゾロさんは短いキスをして、私の顔を見た後。
「…休みてェな…」
と呟いた。
それが可愛くて、可笑しくて、思わず笑ってしまう。
「じゃあ、また連絡する」
「…はい」
私は車を降りてドアを閉めた。
ゾロさんを乗せた車は暗闇に消えた。
“また連絡する”
それだけで嬉しくて、次会える日が楽しみでならなかった。
好きだって思えるのなら、それだけでいいのかも知れない。
だからもう深く考えない。
…私はこの人が好きだ。
Fin.