□君の隣
3ページ/4ページ

 

部屋に一筋の光がカーテンの隙間から射し込んでいる。
いつの間にか朝が来てしまった。
あの後、感触とか、体温が脳裏に焼き付いて。
無理やり眠ろうとしても瞼の裏側にゾロの顔が浮かんで、全く眠れなかった。
ボーッと天井を眺める。

“ゾロ”って名前を思い出すだけで、さっきまで落ち着いていた心臓は騒ぎ出す。
今顔を合わせたら、きっと恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。
どんな顔して会えばいいんだろう。

ベッドから起き上がり、フラフラしながら部屋を出た。

「あ、ツバキちゃんおはよう」
「おはようツバキ」
キッチンに着くとナミ、ロビンが既に来ていて、サンジ君は料理を作っていた。
「…ぉはよー…」
「あれ、どうしたの?凄い眠そうだけど…」
サンジ君は、綺麗に盛り付けられた料理をテーブルに運びながら、心配そうに見つめてきた。

「昨日眠れなかったみたいだね」
「毛布持って展望室に行って、帰って来たかと思えば様子が可笑しいのよ」
「あの時間て確か“ゾロ”も展望室にいたんじゃなかったかしら?」
「…!」

ロビンの言葉に心臓がドキッとした。
一気に眠気も覚めそうだ。

「ツバキ、もしかしてゾロと何かあった?」
「え!?な、何?!な、なに、何って何も!?」
ナミの不意の問いかけに、思わず声が裏返ってしまう。
「ふーん」
ニヤニヤしながらこっちを見ている。
「何もないなら、何でそんなに顔が赤いのよ」
「嘘…!?」
私は咄嗟に離れなくて両手で頬を押さえた。
これでは、「ありました」と答えているようなものだ。
熱いし、何だか変な汗が出てきた気がする。

でもゾロにキスされたなんて、恥ずかしくて口が避けても言えない。
また頭の中にあのキスが浮かんで来る。

「ヨホホホ〜。皆さん、おはようございまーす」
「メシだメシィー!!」
「メシだー!」
そうこうしているうちに、他のクルーたちも美味しそうなご飯の匂いに釣られて起きてきたようだ。
みんな席についたが、一つだけ空席が残っている。
ゾロだけが来てない。

「サンジー!!メシィー!!」
「分かったからちょっと待ってろ」
「あれ?ゾロはまだ来てないの?」
ナミの問いかけに、ウソップが言った。
「あー…起こしたけど起きなくてよー」
ゾロが朝起きて来ないなんて珍しいことだった。
いつもなら私が起きるより先に起きているのに。
ゾロも眠れなかったのかな?

…そんなわけないよね。

「今日ははサンドイッチだ」
「うほー!!うまそー!!いっただきまーす!!」

私はボーッと考えながら、サンドイッチに手をかけた。


「ごちそうさまでした!!」
「よーし、ウソップ!チョッパー!甲板まで競争だ!」
「おー!」
「おー!」
ルフィたちはバタバタとキッチンを出て行く。

お腹もいっぱいになって、何だか余計に眠くなってきた。

椅子から立ち上がったナミは、皿洗い中のサンジ君に向かって言った。
「じゃあ私、そろそろゾロのこと起こしに行ってくるわ。…それともツバキが行く?」
「え?!」
私の方を見て、小悪魔のような笑みを浮かべるナミ。
今の私が行ったら起こすどころではない。
まともに顔なんて見られそうにないし…!
「い、いい…!私は、大丈夫…!」
「そう?」
ナミは笑みを浮かべたまま、キッチンを出た。
ロビンですらニコニコ笑って部屋を後にして。

何だか私自身が知らない感情まで全て見透かされているみたいだ…。

でも、もしも私が起こしに行って…


“…男部屋のドアをゆっくり開ける。
ゾロ規則正しい寝息だけが、部屋の中に響いている。
『ゾ、ゾロ。起きて…?』
私はベッドで寝ているゾロの前に膝立ちし、肩を揺らした。
『…ん、…あ…?ツバキ…?』
『もうみんな朝ごはん食べちゃったよ…』

『あー…』
ゾロは布団の中で眠そうにもぞもぞ動いた後、大きな手を私の方へ持って来る。
『きゃ…!』
グラリと視界が揺れ、ベッドに引き込まれた。
『ちょっ…』
ぎゅっと力強く抱き締められて、ゾロの匂いが鼻を擽る。
そして掠れた低い声が耳元で響いた。
『顔赤ェな。昨日のこと思い出したかよ』
『…っ!』

『…もう一回するか?』”


(…なんてことになったら…!!!)
私は首を横に振った。

いやそれとも、もっと強引に…


“『ちょっ…』
ぎゅっと力強く抱き締められて、ゾロの匂いが鼻を擽る。
頬にキスされて慌てふためいていると、掠れた低い声が耳元で響いた。

『俺を起こした罰な?』”


(…とか…!)
…さすがにそれはあり得ないか。

いやいや、私はいったい何を考えているのやら…。

小さくため息をつくと、右隣にサンジ君が座った。
「ツバキちゃん、何だか今日いつもより元気ない?」
「え?私、またボーッとしてた?ごめんなさい」
「あはは。謝らなくていいよ。具合悪い?」
「ううん、大丈夫だよ」
私は笑顔で返したが、少し間を空けてサンジ君が不安そうな表情を浮かべる。

「…やっぱり、ゾロと何かあった?」
「えっ…!?」
サンジ君が気にするほど表情に出ているとは、なんとも呆れるくらいが、そんな余裕もなかった。
昨日のことがどうしても頭から離れなくて、“ゾロ”って名前が出る度に落ち着かない。

慌てる私に、サンジ君は何だか凄く寂しそうな低い声で言った。
「…そうゆう顔するんだ」
サンジ君は私の髪を耳かけると、ゆっくり顔を近づける。
唇があと数センチで触れそうになる。
「ま、待って…!」
私は顔を背け、サンジ君の胸元を押した。
「ダメ…?」
低い声が耳元で響く。
全くふざけた様子がないことから、本気なんだって分かった。
けれど、サンジ君が今私にしようとしたことは、受け入れられなかった。
私は小さく頷いた。

「何、やってんだよ」
目の前まで来ていたサンジ君の体が、グラリと後ろに動く。
声がした方を見ると、そこに立っていたのはゾロだった。
眉間にシワをよせて、酷くサンジ君を睨んでいる。
何だか怒ってるようだ。

「…何もやってねェよ」
「じゃあ今のは何だよ…!」
サンジ君は何もかも分かっているかのようにフッと笑って言った。
まるでゾロを怒らせようとしているみたいに。
「何だと思うんだ?」

その瞬間、ゾロの拳がサンジ君顔に飛んだ。
酷い音が鳴ってサンジ君が抵抗した様子はなかった。
咄嗟にゾロの腕にしがみついた。

「ゾロ…っ!やめて!!私が悪いのっ!」
「お前は少し黙ってろ!!」

ゾロは凄い剣幕で、私の手を振り払う。
その時思ってしまった。
自分には彼を笑わせることは出来ないって。
迷惑かけるだけだって。

そう考えたら、また目頭が熱くなった。
自然と涙が溢れた。

「……ごめん…もう、ゾロに関わるのやめるからっ…だから、私以外の人のこと傷つけないで…ッ」

何も出来ない弱い自分。泣いてばかりのダメな私。
私がいるせいで、それがゾロの負担になるなら、離れるしかない。
離れた方がいいんだ。

頭をガシガシ掻いたあと、ゾロは何も言わずにキッチンを出た。

もうこれで、ゾロとは一緒にはいられない。
「ツバキちゃん…」
ゾロがいなくなった後、暫くして口を開いたのはサンジ君だった。
「俺は君が好きでしたことだから謝らないよ。でもツバキちゃんは、ゾロが好きなんだね…?」

私はまた小さく頷いた。
知ってしまった。自分の気持ち。

ゾロに喜んで欲しくて、笑って欲しくて。
ゾロのことばかり考えて。ゾロのことを目で追って。

いつの間にかゾロを好きになってたんだ。

 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ