短編@

□落日
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縁側に広がる鮮やかな色彩の色紙。
籠に盛られた山盛りの蜜柑。

江戸に来て初めて出来た友人が持ってきてくれたものだ。

白くて細長い指が器用に色紙を折り様々な形を造っていく。

しなやかなその指はおよそ闘いとは無縁のもので姉上を彷彿とさせた。

花、蝶々、蛙に象に鶴。
虫も造れるのかと聞いたら、今はカブト虫を折っている。

俺は先程からずっと皮と白い筋を如何にキレイに取り去れるかと蜜柑に対し実にくだらない闘いを挑んでいる。

「口、開けろィ。」

正直、既に食い飽きていたのだ。

「もう剥くの止めなさいって。」

そう言いながらも素直に口を開ける。

眉をしかめるので相当酸っぱそうだなと、自分では食わないことにした。


では他の誰かに食わせようかと当たりを見回すと中庭の奥の方から近藤さんと土方が歩いて来るのが見えた。

「近藤さーん。蜜柑あるんでいっしょに食いませんか?土方さんも俺がキレイに剥いてやった方をどうぞ。」

是非とも、この酸っぱそうなのを。

「ワハハ、総悟が剥いてくれるなんて珍しいなぁ。どれどれ。」

ああ、しまった。
近藤さんに食わすつもりなんか無かったんだが。

「なにコレ。すっぱぁぁぁ。」

思惑に気付かれたらしく、土方はニヤリと口元を歪めた。

次に視線を山盛りの蜜柑、縁側に並べた折り紙の作品、俺の友へと移す。

「へぇ、器用なもんだな。だが総悟よ、いくら非番とは言え屯所に女を連れ込むのは感心しねぇなぁ。」

「自分がモテないからって僻みですかィ。男の嫉妬てやつは醜いねェ。」

近藤さんが堪えきれないといった様子でぷーっと吹き出した。

「こんにちは。初めまして?あの…まさかですが、女って俺?」

薄紫の上等そうな着物に濃紺の羽織り。
肩までの黒髪にピンで上に纏めた前髪。
その上にあしらった薄紅色の薄紙を重ねて作られた小降りの花。

女に見えるかと言えば、まぁおよそ華などは無いが見えなくもない。

前髪をピンで纏めたのは俺。頭の花は折り紙に集中してるうちに面白半分で乗っけてみたものだ。


「悪ィ、頭にそんなの付けてるから、つい女かと。」

頭の上の花を手に取りながら土方は照れ笑いをした。

その花を受け取って友人の退は少し頬を膨らませた、

「もぅ、総ちゃんてばいつの間に…。」



「トシ、この子はここの正門出て突き当たりの表通りの【山崎屋】って看板出てる大きな店あるだろ。そこの跡取りでたまに御用聞きに来てる。山崎…何て名だっけ?」

【山崎屋】創業から十年に満たないが店主の人柄も良く、法に触れない物ならば頼めば何でも良心価格で仕入れてくると評判の店らしい。

「さがる。山崎退です。」

「こっちはうちの副長の土方十四郎。主に必要な物等は土方から手配が行くと思う。
まだ此処は立ち上げたばかりで何も揃っちゃいないから色々宜しく頼むよ。」

真選組はまだ立ち上げたばかりで人材も物資も不足しているのだ。

江戸は未だ奉行所が勢力を保っている。

武装警察だのを名乗るには圧倒的に何もかも足らなかったのだ。

「はい。此方こそ宜しくお願いします。叔父もあちこち仕入れや何やらで留守がちでして、なかなか此処にも顔を出せなくて申し訳ないです。」

退は近藤さんに頭をぺこりと下げて土方の方に向き直った。

「武器等は警察上部から支給されると聞いております。そのほかの物で、まぁ生活必需品やら何やらですね。何処よりも安く早くお届け致しますので以後宜しくお願いします。」

差し出された右手を壊れ物を扱うようにしてそっと土方の手が掴む。

何故だか胸の辺りがチリリと痛んだ。

「それから、総ちゃんからバズーカとか五寸釘とか頼まれたんですが、御注文承って宜しいんでしょうか?」

退め、余計なことを。

「総ちゃんからの要望は今後とも一切聞くな。」

土方シネ。
普段、総ちゃんなんて呼んだこと無いくせに。


「では、俺はこれで。総ちゃん、次はミントン付き合ってよね。」

大きく手を振って退が正門の方へ走ると、土方が慌ててその後を追った。

「マヨボロって在庫あるかー?あるなら今すぐ欲しいから店まで付いてくぞ!」

あのニコチン中毒者が。
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