短編A

□夜を歩く
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夜の闇の中をひたひたと歩く。
誰もみていないのを良いことに、山崎の腕に自分の腕にしっかりと絡める。
「そういえば。副長、知ってました?」
半歩ほど先に進む山崎が急に立ち止まり、真剣な表情をする。
「あの事か。」
今歩いているこの場所は先日若い女が刺し殺された現場なのだ。
知ってるからこそ俺から腕を絡めてるんだろーが。
「どうにもね。痴情のもつれらしいんですよ。他の奴に渡す位なら殺してやるーってね。それが全くの誤解のようで、女はずっとその男しか見てなかったらしいです。」恋愛というのは難しい。少しの波紋が取り返しのつかない事になったりもする。
「亡くなった今でも、ここで男を待ってるんですって。実際、目撃者もいるようです。」
そんな事あるわけがないのに足元がかたかたと震えてくる。山崎に悟られませんように。
「でも、良かったです。見つけたみたいですよ。向こうに座ってる男の背中に無事に取り憑いたようです。」
川の向こうに土手に腰掛ける男が見える。その背中にぼんやりと靄のような物が…いや、いや、それは無いって。気のせいだって。
「俺が裏切ったら副長、俺を殺します?そうしたら取り憑いてしまいましょうか…それも良いかも知れない。」
淡々と話し続ける山崎が怖い。コイツ、ほんと何言ってんの?止めてくれよ、怖いから。それに…
「お前は裏切らないだろう。」
「どうでしょう?」
黒髪が夜風に揺れる。張り付いた笑顔は何を考えているのか全く読めやしない。
その姿が儚くて、手を離すと消えてしまう気がするから俺は。
どうして良いか分からなくて縛り付けてしまいたくなる。

「冗談はさておき、あれ、犯人ですよ。さっき屯所に手配書が。副長、まだ見てないでしょ?」
ああもう、ほんとコイツって。
それにこんなに暗いのに向こう岸の男の顔なんて俺には見えやしない。
「俺、非番なんですが…。」
めんどくさそうに眉根を寄せながら髪をかきあげる。俺だって今日の業務はとっくに終わってる。
「山崎!」
「はいよ。」
俺は上流の橋に山崎は下流の橋の方に歩を進める。
「山崎。」
ふと立ち止まって背中に向かって声を掛ける。山崎が歩みを止めて振り返る。
「俺は多分お前を殺せない。それと…先に死なないでくれ。取り憑かれるのはごめんだ。」
「心しておきますよ。」
そして山崎はクスッと笑って再び背中を向けて早足で歩き出した。

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