短編A

□安息の地は何処に
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「山崎ィ。」
非番なので中庭でミントンを振っていると副長が手招きする。
浴衣姿で眼の下には隈が出来ていて。
夜勤明けの筈だがまだ寝てなかったのか。
何か用を言いつけられるのかと、溜め息の一つも吐きたくなるが耐える。
「はいよ。」
「暇そうだな。眠れねーんだよ。ちょっと付き合え。」
副長の背後には布団が敷いてあって枕許にはマヨネーズ。なんだかとても嫌な予感がする。っつーか嫌な予感しかしない。
「買い物行ってきます!副長はマヨネーズと煙草ですね!」
「おい、コラッ。」
足早に逃亡する。
「あ、山崎。暇なら…。」
部屋の前を通ると沖田隊長に呼び止められる。その手には荒縄と蝋燭。
一体何をするつもりなんだ。
「副長の買い物です。」
「休みだっていうのに人使い荒いねェ。」ある意味あんたの方が荒い気がします。
「ザキィ。…あれ?」
次は局長の声が。何の用かは知らないが面倒なので密偵の特性を生かし…要はこそこそ逃げるだけなのだが。
俺は遊び道具でも小間使いでもないんだ。休みくらいゆっくりさせろ。
俺に安息の地はないというのか。
とぼとぼとあてもなく歩いていると、前方から見慣れた人物が。
万事屋の旦那だ。
「よぉ、山崎クンじゃないの。暇そうだねぇ。暇ならうちに来る?」
暇ならもう暇なままでいいんだよ。
「報酬に貰った生クリームがいっぱい残っててさぁ…って、待ちなよォォ。」
過剰反応と言われようが、副長と旦那は何だか似ている。嗜好だって被ってるのかも知れない。油脂分の多いものを塗りたくられるのは御免だ。
ここは逃げるのが正解ではなかろうか。
「やっと見つけたでござる。退殿。」
ふいに路地裏の方から声をかけられる。
「うっひゃあぁぁぁ!」
極めつけ、来た。鬼兵隊、河上万斉。
なんで俺の事なんか探してるんだ?
「待つでござる!」
とにかく、逃げなきゃ。
なるべく人通りの多い所を選んで必死で走る。

そんな事をしているうちに夕暮れが迫ってくる。今日はよく走ったなぁ…。
屯所の少し前の角を曲がる。
「お帰り。」
「ただい…。」
とっさに返事をしそうになって、慌てて声の主を見る。そこに万斉の姿を捉えてどっと脱力感に襲われる。
俺の馬鹿っ。どんなに逃げたって住処が割れてるんだった。
「退。約束通り、会いに来たでござる。」「約束なんて…うっ…。」
約束した覚えなんて全く無いんだが。
そう言いたかったのに屯所の外壁に押し付けられ唇を塞がれる。
しかも呼び捨てじゃなかったか?
「…んっ…うぅっ。」
ゆるゆると遠慮がちに舌が入ってくる。
こういうのって、まさか…もしかして。
「いい声でござる。このまま攫ってしまおうか。」
「…あのさ、俺が好きだとか…。」
サングラスに隠れた目は表情を読み取りにくいが万斉はコクンと頷いた。
何で好かれたんだか理解に苦しむが本当に俺に会いに来ただけなのか。
コイツは有害だが安全か?
とりあえず案外馬鹿なんだとは思う。
「人斬り万斉が出たぞー!」
大声で叫べば屯所中に聞こえそうな場所なのに。
俄かに辺りが騒がしくなって屯所の門からわらわらと隊士たちが飛び出してくる。
「次はきっと攫いに来るでござる。」
万斉はさすがに青い顔をして近くに停めてあったバイクに跨り走り去った。
これで安心…
「山崎ィ、お前何してんの。」
…でもなかった。
目の前に鬼のような顔をした着流し姿の副長が。
「なんで手ぶら?買い物行ったんじゃねぇのか。男引っ掛けに行ったのか。しかも人斬り万斉か。」
「そんなんじゃないです。待ち伏せされて、それで…。」
「壁に抑えつけられていた…と。無防備すぎるな。」
返す言葉も無い。我ながら殺気以外の気配に弱すぎる気がする。
「仕置きが必要なようだな。さっさとついてこい。」
副長に引きずられるようにして部屋に連れ込まれる。
敷いたままの布団と…枕許のマヨネーズ。
…これは…観念するしかないのか…。
「ちょっと風呂に。」
「いや、そのままがいい。ずっと走り回ってたのか?いつもより何か…。」
副長がくんくんと鼻を押し付けてくる。
もしかしてクサい?そりゃあだいぶ走ったし。嗅いで欲しくなんかないんですけど。
「やっぱり風呂…。」
「山崎臭がする。ちょっと興奮するな。」
山崎臭って何ィィィ?
しかも興奮するって…。
「…あんた、変態ですか?」
「何とでも言え。あぁ、素晴らしいなぁ。大好きな山崎の匂いとマヨネーズの匂いが混じって何とも豊潤な味わいが生まれて溜まらないよなぁ。」
なんか棒読み。
仕置きってきっとこういう厭がらせ。
こんな事になるんだったら朝から大人しく喰われとくんだったよ。

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