短編@

□すれ違う
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本当に泣きたい時でも
涙なんて出やしないのか。

俺の事じゃない。
姉上を失った時は思い切り泣いた。
周りが気を利かせてくれたのか二人きりになった病室で、涙が枯れるまで泣いた。

土方さんは最期まで姿を見せなかった。
それなりに悲しんでいる事だけは分かっていた。
愛しい人が出来た今でも、初恋の思い出に別れを告げるのが哀しいのか。
おおかたどこかで恋人の山崎にでも慰められているのだろうと思っていた。
そうではなかったのはだいぶ後になってから知った。


「山崎に避けられてる気がするんだ。」
憔悴した様子で、土方さんが珍しく俺に泣き言を言ってきた。
「話しかければ答えるし、仕事上での不都合も無いんだが。山崎から何か聞いてないか?」
言いたい事は何となく分かる。壁のようなものの存在を感じるとでも言うんだろう。気になるんなら自分で聞けばいいのに、山崎に対しては時々こんなヘタレっぷり。
「考え過ぎじゃねぇですかい。普通に会話出来てるんだろうが。」
山崎はいつもと変わらない様子で過ごしている。
何を根拠に避けられてるなどと。
しかし、山崎は感情をそれ程表に出さないから気をつけて見ていないとよく分からない。それもまた事実なのだ。
「飽きられたんじゃねぇの。束縛されすぎて嫌になったとか。」
そんな事は無いと思うけど、恋敵に相談してくるなんて愚か者が。
「やっぱりそうなのか…。」
せいぜい落ち込みやがれ。山崎がそう簡単に離れていく訳無いだろうが。
…でも、もし本当だったら?
言われてみれば二人でいる姿を前ほど見かけなくなった気がしないか。
誰かに乗り換えてしまう前に…なんて有り得ないよな。


「邪魔するぜィ。」
襖を開けると山崎は障子を開け放って何を見るでもなく、ただ空虚な目を夜空に向けていた。
青白い顔がまるで蝋人形のように無機質に仄かな月明かりの中で浮かび上がる。
黒い髪も眼も夜の闇の中に吸い込まれてしまいそうに思えた。
どうして独りで居るときの山崎はこんなにも儚いのだろう。
これだから、弱い人間ではないと知っているのに不安になるのだ。
「冷えるぞ。」
きっと湯上がりなのだろう。
薄い浴衣一枚だけで膝を抱えて座る山崎の肩に隊服の上着を脱いで掛ける。
「すみません。そっちに羽織が置いてありますんで…。」
山崎が張り付いたような笑顔を見せる。
上着を返そうとして差し出してきた手を思わず掴む。
「沖田隊長…?」
「あのな…山崎…。」
話したい事はたくさんあるのに言葉が続かない。
話そうとすると涙が出そうだったんだ。
山崎が泣きそうな顔で笑うから、きっとつられてしまったに違いない。
冷えきった身体をギュッと抱き締める。こんな事したら困らせるかもしれないのに。
「慰めて下さいませんか。」
それなのに山崎は思わぬ言葉を呟いた。
どういう意味なのかと聞く間もなく冷たい唇が俺の唇を捉える。
気持ちが無いのになんて残酷な。

ぱさりと山崎の手から俺の上着が落ちる。解いた浴衣の帯もその上に落ちる。

夜風がざわざわと庭の草木を揺らす。
喧しく響く秋の虫の音。
まだ終わらない、屯所を包む喧騒。
それより喧しいのは俺の心音。
それともこれは山崎のものなのか。
もう、どちらの音なのかさえ
分からなくなってしまう。
ただ山崎の冷え切った身体を
暖めてやりたいと
それだけを思った。
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