短編@

□とばっちりA
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往来のど真ん中で、突然女は男の頬を叩いた。
パシッと小気味のいい音が響く。
そして女は泣きながら走り去る。
町中での痴話喧嘩。
一斉に通行人の注目を集めて所在なさげにとぼとぼと歩き出す男。
気の毒だなぁって思うけど、それでも他人事だからちょっと笑ってしまって。
人の不幸は密の味とか言うだろうが。

それがよく見りゃ見慣れた顔で、他人事じゃなく山崎だったよ…。
山崎は俺に気付くと、引きつった顔をしながら片手で紅くなった頬を隠すようにしてもう片方の手を控えめに上げた。

「よぉ、色男。何、女泣かせてんだ。」
山崎は曖昧な笑みを浮かべる。
「ただの情報屋だよ。抱いてくれっつーから断ったら怒り出した。特別な感情なんか持ち合わせちゃいねーよ。何を勘違いしてんだか。」
結構器量良しの女だったのに勿体ねぇ。

しかし山崎は取引相手に深入りする事を好まない。仕事に余計な情を挟むと、ろくな事がないからだと言う。
情報にはそれに見合った報酬とほんの少しの労いの言葉。
柔らかな微笑みと極上の甘い声で。
すると相手は次からは山崎の望んだ以上の情報を持ってきて…って、もしや計算ずくか?
「あーあ、結構使えたんだけどな。次探さなきゃ。」
情を挟む気がないのは分かるが、ちょっと酷くねぇ?
コイツ地味な癖に他人の心を掴むのが巧くて存外モテるんだよな。
「お前、いつか刺されるぞ。」
「自分の身くらい護れるから平気。正体も知られてないし。」
その言い様だと何度か経験済みだな。

「ところで原田。ちょっと、こう…不自然にならないように見てくれない?俺の右後ろあたりかな。」
山崎に言われた通りに見ると、なる程山崎を叩いた女がじっとりした殺意の籠もった目で俺を睨みつけている。
…なんで俺?
「面倒だから、生来男にしか興味持てませんって言っちゃった。どうしたらいい?」

そりゃあ殴りたくもなるだろう。頑張ればいつか自分の方を向いてくれるとか、何の希望も持てない完全なる拒絶。
「どうしたらいい…って…。」

よくある話で、男女関係でもストーカーの案件でも男は相手自身を憎み、女は相手の心を捉えた奴を憎むとか…。
ああっ!?
やめろ…女、俺を見るなぁっ!
俺は山崎の心なんて捉えてねぇぞ。

「ごめんよ。タイミングが悪かった。」
珍しく謝られたが、そんな事よりこの状況をどうしたらいいだろう?
わざわざ無関係ですなんて言いに行ったら余計に疑われそうだし…。

「よし、あそこに入ろう。」
山崎が示す場所は妙にギラギラした看板の建物で…ラブホか。
というか…何で手を繋いでくるんだ。
まさか、そういうつもりなのか?
何でこの状況でそんな選択を?
それに寧ろ入ってしまったら出るとき待ち伏せされるんじゃね?

でも山崎。
お前がそうしたいっていうなら…。

…いやいや、あかんだろ。
ヤベェ、何でだか頭がグルグルする上に動悸が激しい。
山崎相手にこの気持ちは一体なんだ?

これは多分お前がいけないんだ。
よく副長の部屋からお前の男のくせに妙に色っぽい声が響いてくるから…。
どうせ暴力でも受けてるんだろうけど、あの喘ぎ声のようなのは反則だ。
情事の時もあんな声を出すのかと気になってしまうのは友人に対して無礼だと本気で思うんだ。

だが、山崎がそうしたいと言うのなら後は俺次第だよな?

「お…お前さ…。俺で良いのか?」
「何が?裏口から逃げるよ。」
そういう事か。ホッとしたようながっかりしたような複雑な気分だ。悩んだ自分が恥ずかしいじゃないか。
手を繋いだままラブホに入って裏口からコソコソ逃げる。
「明日から、背後には充分気をつけて。」あの女の中で、俺は山崎とラブホに入るような仲で…。
しまった!
根本的な解決にはなってねェェ!


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