短編@

□心の音
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「山崎、ご苦労だった。あとは俺たちの仕事だ。屯所に戻ってゆっくり休め。」

突入の手引きを終えて、あとは制圧のみになると副長の労いの言葉で潜入から始まった俺の仕事は終わりになる。
私服だと混戦になったときに敵との見分けが付きにくいからと、数日をかけた潜入生活で疲労が溜まっているだろうからという二つの理由だ。
副長が言わないもう一つの理由がある事も知ってる。
短期間でも寝食を共にした相手には、情が湧くだろうからやりにくかろうと。

普通は、そうなのだろう。
敵といえども一括りに悪人だと片付けられるものではない。それぞれが抱える様々な理由や背景が存在するのであって。

潜入生活が始まった時から俺は俺でない人物を演じる。
台本の無い演劇の始まりだ。
周囲のアドリブに合わせて、その場に最も相応しい台詞を選び最終的には自分の一番欲しかった台詞=情報を引き出す。
演技を終えれば、その後がどうなろうとも俺の範疇ではないのだ。
そう思い込むようにして、今ではすっかり敵に対する思い入れが持てなくなった。

ねぇ、副長。
あんたは俺に何を求めるの。
まともな神経で在ることを望むなら、
こんな仕事は酷だろう。
監察の適性って何?
平気で相手を騙せるって事?
そう思うなら、あんたはなんで
一番近くに俺を置こうとするの。
信頼なんか出来るというの。
今あんたが理解してるつもりの俺は
演じているだけの
偽物かも知れないよ。
だって自分にも
分からないんだから。

それで中身が分かるって言うなら
バラバラに壊してくれても
いっこうに構わないから
本当の俺って何なのか教えて。
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