短編@

□揺らぐ歌(中編)
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河上がいなくなったあと、束の間の仮眠をとって山崎は動き始める。

衝立のところに行き足枷の鎖を両手で掴んで擦り付けるが、逆にコンクリート製の衝立の角が少し削れて傷が付いていくだけで鎖自体は相当丈夫な物だった。
次に足枷を衝立にぶつけてみたが、足枷はちっとも壊れる様子もなく、衝撃が響いて足首の骨の方が折れそうなので続かなかった。

他に利用できそうなものは…。

目に入るのはあんパンとマヨネーズの入った紙袋と水の入った紙パックのみ。

こんな物目潰しくらいにしか使えないし、一度やってしまったので、河上に警戒されるだろうから、効くとも思えない。

床板は外れないだろうかと、手の届きそうな部分の隅から隅まで眼を光らせる。
すると一カ所だけ微妙に浮いている部分を見つけそこに近づいて山崎は僅かな出っ張りに爪をかけた。

一気に力を込めるとパキッと鈍い音がして指先に強い痛みが走る。

「っ…てっ!」

床板も相当堅い木材で出来ているようで剥がれたのは板ではなく右の中指と人差し指の爪の方で、指先からポタポタと鮮血が滴った。
爪は完全に剥がれているというわけでもなく、途中で曲がって浮いてしまっている。
布を裂いて指先にきつめに巻き付け暫く安静にして出血の様子を見る。
白い布にじわじわと赤色が滲んだが、それ以上は滴ってくる様子もなく、もう一度布を裂いて指先を巻き直した。

床板を見ると端が先程より少しめくれ上がっているようだ。
山崎は足枷の鎖をそこに引っ掛け思い切り引っ張った。
パキッという音を立て今度は床の端が少しだけ割れた。

これなら使い物になりそうだ。

木片の形を確かめると、次は布を細く裂いて縄を編むようにして数本の丈夫な紐を作る。

そこまですると、衝立の向こうに隠すようにして木片と紐を置き、眠ることにした。

しかし、爪の剥がれた指先と衝立に足枷ごと叩き付けた足首の痛みでなかなか眠ることが出来ない。

河上は一週間ほどで解放すると言ったが、果たしてそれは守られるのだろうか。
どのみち、一週間以内には何かが起こるという事なのだから、大人しく待っている訳にはいかないのだ。

一度は河上に見逃された己の命。
その後も何度か対峙したが、警戒していたのは山崎の方だけで河上は何も仕掛けては来なかった。
何も…と言うには少々語弊があるかも知れないが、せいぜい抱きつかれたり唇を奪われたりの行き過ぎたセクハラ行為をしてくる程度の事で。

その程度…と言えるものではないな。
充分逮捕するに値する行為だ。
自分的にはこの世から消してやりたい位の罪だ。

これまでの経緯を思い出してみると山崎の中で徐々に怒りが募っていく。

そして山崎は決意を新たにする。
明日は本気で河上を消すつもりでいこう。 
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