短編@

□揺らぐ歌(後編)
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どの位の間、微睡んでいたのだろう。
はっきりと覚醒する頃には身体の熱もすっかり引いて、倦怠感と訳の分からない虚しさのようなものだけが残る。

山崎は私生活は別として仕事で身体を差し出すような真似は絶対にしないと心に決めている。
優秀な監察なら口先だけでどうにか出来るだろうと思っていたから。

これは情報を引き出す為にでも自分の身を護る為でもなく河上と寝てみたくなったから。いやいや別に河上とじゃなくて溜まっていたから誰でも良かったんだ。

自分の中で色々と言い訳をしてみても結局着地点がどうにもよろしくない。

先ずは自分の胸に覆い被さるように眠るこの男をどうしよう。
性行為の間は尤も無防備な状態であると言われてるのに、うっかり嵌った上にだらしなく敵前…というか敵に身を任せて眠る河上はきっと愚か者に違いない。
それは浅はかにも性欲に負けた山崎自身にも言える事なのだが。

こんな事をしたらストーカー行為が酷くなったりしないだろうか。
それよりもこんな事が土方にバレてしまったら…。
いっそ寝てる間に消してしまおうか。
敵と交わった事実を土方に知られる位ならここで河上と共に朽ちてしまった方がマシである。
もしかすると河上を消した後にでもここを出る手段は見つかるかもしれない。
だいたい生体認証と言ったって中から外へ出る事にそれは必要なのか?

だけど、一途に自分を好きだという相手に…例えそれが敵であっても。

整髪料で固められた河上の髪に手を置いて指先でそっと解す。
裸のまま無防備に眠る姿にほんの少しだけ安らぎを覚える。

これだから駄目なんだ。
強引に犯されるのではなく合意で一度身体を繋げてしまえば一人の人間にしか思えなくなってしまう。
敵か味方か。
生きていくのに必要なのは明確な分別。
中途半端な状況が命取りになる事もあるのだから。

敵に情けをかけるのは愚かな事だ。
自分もそれを身を持って知る事になるのだろうか。それだけは勘弁願いたい。

「…退殿…。」
いつの間にか目覚めてたらしい河上が少し赤らめた頬をして山崎を見つめる。
予想外の至近距離に山崎はびくっと身を硬くした。

「おわっ!重いんだよっ、早くどけ!」

動揺した山崎は、とっさに河上を突き飛ばし顔面にまともに足蹴りを加えた。

「ついさっきまで、あんなに可愛く拙者を求めてくれたのに非道いでござる。情事後の甘い時間を愉しむつもりであったのに。さてはツンデレとかいうものでござるか」

相変わらず呑気な台詞に山崎は脱力する。実は、そうさせるのが狙いなのかと思うにも余りにも緊張感に欠け過ぎている。

「昨日から何も食べてないであろう。何か食べるなら買ってきた物が冷蔵庫に…」

身なりを整え立ち上がる河上の腕を山崎は掴む。
正直、考える事が多すぎて空腹は感じていなかった。食欲を満たすのは後でも良い。

「その前に、話が聞きたい。俺を閉じ込めておいて迷惑はかけないってどういう事?分かっているだろうがあの宿で浪士たちの集会が行われるからって聞いて、俺は任務で来たんだよ。今のままでは俺は任務を遂行する事が出来ない。それだけでも充分迷惑なんだよ。」

山崎の真剣な眼差しに河上の弛んだ表情が一変して引き締まり、緊張が走る。

張り詰めた一本の糸のような…不用意に触れれば切り裂かれてしまいそうな。
そうだ、
これが人斬り河上万斉という男だ。
山崎に向けられる弛んだ態度にうっかり忘れてしまいそうになるが、彼の本質はそれであるのだ。

「確かに、全く迷惑をかけないって言えば嘘になる。しかし奴らは裏切り者だ。拙者が直々に始末するでござる。わざわざ真選組が出張る必要など有りはせぬ。大人しく見ていろと言っても退殿は必ず組に報告するであろう。だからすべて終わるまで何も出来ないように閉じ込めたのでござる。」
 
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