短編A

□絡め合う
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「これを着ろ。」
外出から帰って来た副長が俺の目の前に少し大きめの紙箱を置いた。その中から出てきたのは藍の地に裾に朝顔の描かれた女物の浴衣と紅色の帯だった。
「仕事ですか?」
久々の女装仕事か。今回はどこに行くことになるんだろう。
「周りが暗いから薄く紅を引く位で良いだろう。門の前で待ってるから早く支度して来い。」
「はいよ。」
副長と一緒にだなんて珍しい。カップルを装った潜入捜査か。
そんな事を考えながら髪に丁寧に櫛を通し小さな花の飾りのついたピンを留め、唇に薄く紅を引く。
副長がそう言ったのだから、こんなものでいいか。
浴衣を着て下駄を履き副長の元に急ぐ。
「お待たせしやした。こんなもんで宜しいですか?」
門の前で待っていた副長は俺の頭から足まで目線を動かして満足げに頷く。
「上出来だ。それ位で良い。化粧濃いの苦手でな。山崎じゃないみたいで。」
目を逸らし、ぶっきらぼうにそう言ってぶらぶらと歩き出す。
ってことは、今は間違いなく俺だって事でもっとしっかり化けた方が良かったのか?でもそれ位で良いと言ってるから大丈夫なのかな…。
「はぁ…それで、行き先は?」
「隣町の花火大会だ。近くで見たいって言ってただろう。」
言われてみれば以前にそんな事を言った覚えがある。返事がないから聞き流されたと思ってたけど。
それじゃあ今日は仕事なんかじゃなくて。目の前に差し出された副長の汗ばんだ手をおずおずと握る。
すると副長が照れた顔で振り返りしっかりと互いの指を絡め合って手を握り直した。

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