短編A

□簪
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最期の恋人になれるなら幸せ。

最初の相手が誰かなんて
聞いたこともないし今更だけど。
最期の相手になら今すぐにでもなれる。

皮一枚下の動脈を指で探る。
油断してる今ならきっと容易い。

もっと俺に溺れて。
絶頂の瞬間に命を終えるなら
幸せな事じゃないか。
それであんたは永遠に俺のものになる。

「好きだ…。」
それはもう一種の儀式のような、
何かの合図のようなただの言葉。

本気なのは分かっちゃいるけど
言葉はやはり言葉でしか無くて。

永遠を信じるにも
好きという言葉だけでは
あまりにも心許なくて

けれども、きっと
あんたが居なくなったら
俺の心も死ぬだろう。

他には何も望まないから
せめて命が燃え尽きる日まで
ずっと俺だけを見て。

放たれる熱を受け止めながら
副長が
俺の身を守るためにと
特別に誂えてくれた
先端を鋭利にした簪を
そっと手放した。

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