短編A

□夏風邪は
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今朝は起きた瞬間から頭痛がして足元が覚束ないので熱を計ってみれば思わぬ高熱。
「夏風邪はバカがひくもんですぜィ。」
総悟の馬鹿にした笑い顔がムカつくが、その通りだから仕方ない。
昨晩は潜入先から山崎が帰る予定だったので待っててやろうと思ったがいつまでたっても帰らず。気付いたら障子全開で浴衣姿で机にうつ伏したまま朝を迎えた。
いくら夏だとは言え風邪をひくのも当たり前か。
「ここに水と薬置いておきまさァ。どちらかを選んで呑んでおきなせぇ。」
珍しく総悟が薬を持ってきてくれたが、盆の上には錠剤が二種。
どちらかなんて怖くて選べない。
仕方が無いので監察の吉村を呼びつける。「風邪薬とビタミン剤です。どっち呑んでも平気ですよ。どっちも飲めば良いでしょう。」
言われるがまま錠剤を口に含み、水で流し込む。
しょっぺぇ…水に塩でも入ってんのかよ。
罠はこっちの方だったか…。
「山崎から連絡は?」
同じ監察なら何か伝わっているかも知れないと僅かな希望を持って聞く。
「携帯も通じませんね。でも、山崎さんなら大丈夫でしょ。多分。」
最後の多分の部分が気にかかるのは熱でナーバスになっているせいなのか。
「眠った方が良いですよ。山崎さんもそのうち帰ってくるでしょう。」
ひんやりとした指が額に触れる。
山崎以外の監察に触れられるのは初めてだが、吉村の手も案外きれいだ。
山崎の極上の手には適わないけど。
「氷嚢取ってきます。」
そして吉村の言葉が遠くに聞こえ、それを最後に記憶が途絶えた。

昼の刻を告げる鐘が鳴る。
冷えた氷嚢が額に載せられる。
一瞬、時間が止まっていた感覚に襲われてふと気付く。
多分、初めの氷嚢は吉村が持ってきてくれて、今は誰かが交換してくれたのだ。
そよそよと流れてくる微風。
眼を開けて見ると傍らで団扇を扇ぐ山崎の姿を片隅に捉えて安堵する。

「大丈夫ですか?吉村に聞いたけど朝から熱が高かったとか。」
眼が合うとそっと額に山崎の手のひらが触れた。
「夏風邪は馬鹿がひくものって言いますがね。」
やはりお前もそれを言うのか。
「ああ、俺は大馬鹿者だ。お前を待っていたらいつのまにか布団にも入らずに寝てしまっていた。」
まだ熱が残ってるから待っていたと正直に言ってしまったのかもしれない。
「それは申し訳ないです。副長、山崎退只今戻りました。」
ちょっと畏まってから、山崎は満面の笑みを浮かべた。

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