短編B

□匂い
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沖田がいつものように縁側でアイマスクを着けて昼寝をしていると、殆ど足音もたてる事もせずに誰かが近付いてくる。

「沖田さん、失礼します。クリーニングの回収なんですが。」

青年にしては少し高めだが落ち着いた控えめな話し方で耳に心地良く響く声。

声を聞く前に、沖田のすぐ近くまで接近した時に漂ってきた匂いから相手は分かっていた。
虫除けだと彼が部屋で焚いている香に、動くと髪の毛から漂うのは沖田が使っているのとは違った種類のシャンプーだろう。
体臭は殆ど感じないが、仄かに甘やかな何かあまり男臭くないような好ましい匂い。

数ヶ月前に真選組が始動するにあたって一斉隊士募集をかけた。その時に採用された副長助勤で監察長の山崎という男だ。
沖田とは直接関わることはないが、土方の後ろに影のように付き従う姿をよく見かける。
度々土方に悪戯を仕掛ける沖田の事を土方に害を成す者と認識しているのか長い前髪の下の眼は探るように向けられるだけで笑いもしない。

今だってどうだ。
申し訳なさそうな素振りはするが、その黒く燻ぶる双眸は何の感情も映さないじゃないか。

「部屋の隅に投げてあるから、勝手に持ってってくだせぇ。しかし、そんな雑用、部下に任せりゃ良いじゃありやせんか。」

山崎だって監察の筆頭という名目上、部下を使える立場なのだ。何を好き好んで小間使いのような真似を。

「いつもならそうするんですが、皆忙しいんですよ。なんせ俺自身が言いつけた仕事ですから邪魔できんのです。」

柔らかな口調で、しかしその表情からは何の感情も読み取れない。

畳に放りっぱなしの沖田の隊服を回収する山崎の姿を眼で追う。

屈むと長い前髪が余計に邪魔になって見えにくいけれど、存外整った顔をしていると沖田は思う。

なだらかにカーブを描くすっきりした輪郭に陶器のように白く滑らかな肌。
すっと通った鼻筋にふっくらと柔らかそうな唇。
艶のあるさらさらな黒髪と印象的な三白眼の双眸。

土方の狗だと揶揄されるその身は、他の誰にも関心を寄せることはないのか。

狗というよりは動物に例えるなら黒猫か。これ以上近寄るなと常に警戒するような雰囲気を漂わせて。

しなやかな体躯に漆黒の瞳と髪の毛。
足音も立てずにあくまで静かに存在する。さしずめ、夜の住人という出で立ち。

無遠慮に触れたら引っかかれるだろうか。
逃げられてしまうだろうか。

手懐けるのが無理だとしても
その無表情を自分の手で崩してみたい。
笑顔でも泣き顔でも良い。
俺に他の顔を見せてくれないだろうか。

肩に触れようとした沖田の手に気付いているのか、その手を避けるように身体をずらして立ち上がる。

「それでは、お邪魔しました。」

そして相変わらず山崎は表情を崩すこともなく沖田の隊服を一揃え抱えて部屋を出て行った。
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