リクエスト、その他

□闇夜に抱かれて
1ページ/4ページ


「待て、山崎退。俺の話を聞け!」

裏門からまんまと仲間の攘夷志士達を逃がした後、自らも逃亡を謀る黒装束の小柄な背中に向かって叫んだ。

奴は立ち止まって振り返り、驚いたように眼を見開いた。
顔の下半分は黒いマスクに覆われていたが、その漆黒の眼は確かに俺の知る男とよく似ていて、その男に見せられた弟のものだという写真にもよく似ていた。
写真で見た少年が四、五年の時を経て少し成長すればこんな感じだろうか位には。

「やはり、そうだったのか。」

逃げられないように少しづつ間合いを詰める。
これまで何度か遭遇したが、斬りかかってもあまりにも逃げ足が素速くて、掠ったことすら無いのだ。
黒装束のこの少年か青年か分からない男が姿を現して以来、攘夷浪士の検挙率もだいぶ下がってしまっている。
しかも、つい最近斬ってはならないどころか傷一つ付けてもいけないという事情も出来てしまったとあらば。

「なぁんだ、確定してたわけじゃないんだ。振り返らなきゃ良かったな。真選組のお兄さん、何で俺の名前知ってんの?」

「捜索願いが出てんだよ。お前の兄貴からだ。帰ってやれよ。」
 
「イヤだね。だったら、俺を捕まえてごらんよ。何でも言うこと聞いてあげるから。あんたみたいな鈍間にゃ捕まりゃしねーけどな。あんた名前何てーの?」

そう言って山崎退は挑発するように嗤った

「真選組副長、土方十四郎だ。」

「ふぅん、副長なんだ。偉い人なんだね。土方さんっていうんだ?覚えておくよ。」

自分の置かれた状況に気付かない訳じゃあるまい。
既に手を伸ばせば届くほど間合いを詰めた俺に動揺する素振りすら見せない。

「ねぇ、あんた俺を殺せないんでしょ。俺は出来るよ。」

これは罠なのか。
山崎退の眼が妖しい光を帯びる。妖しいと云うより妖艶という方がしっくりと来るような。
ただの餓鬼がなんていう眼をするんだろう

俺のよく知る、ヤツの兄貴である医者先生の人好きのする眼とは似てるようでちっとも似つかない。

山崎退の小柄な身体が俺に一歩近付く。
それに気圧されるように一歩下がる。

「俺を警戒しているの?案外用心深いんだね。」

突然、俺の手を掴んだ山崎退が避ける間もく俺の指先をマスク越しに噛んだ。

「な…何すんだよ。」

驚いて後ずさると次の瞬間には奴は俺から離れて、軽快な身のこなしで塀の上に飛び移っていた。

「待て、山崎退!」

「本気で倒す気で来ないと俺は捕まらないよ。あとその呼び方面倒じゃない?次からは退で良いよ。また会えるかどうかは分かんないけどさ。それじゃあね土方さん。」

漆黒の髪をサラリとなびかせて、黒装束に包まれた身体は、あっという間に夜の帷の中に吸い込まれるように消えて行った。

あのクソ生意気な餓鬼を捕まえて絶対に俺にかしずかせてやる。
何でも言うことを聞くと言った事を後悔するがいい。

とっくに見えなくなってしまったヤツの姿の消えた方向を睨みながらそう決意した。 
 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ