幸せ探しの旅に出よう

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物心ついた頃から父親はいなかった。
母親と2人で、貧しいながらも暮らしていた。


「お金なんかなくたって、伊織がいればお母さんは幸せだよ」


お母さんはいつもそうやって私を抱き締めてくれる。
その温もりが私は大好きだった。





「今日から新しくお父さんになる人よ」


そう言って家に新しいお父さんが来たのは私が小学2年生の時だった。
お母さんよりはるかに若い男の人。


「はじめまして…」

「よろしくね、伊織ちゃん」


ニヤリと笑った笑顔が気持ち悪くて、ゾワッとした。


それからだった。
お母さんが変わっていったのは。


「お母さん…」

「何よ…、アンタはあっち行ってなさいよ」


お母さんは新しいお父さんにお金を貢いで、そのお金を別の女の人に使う。
子供の私にもそれは容易に分かった。


お母さんからの愛情が全くなくなって3年。
私は小学5年生になった。


「…ただいま」

「おかえり、伊織ちゃん」


その日、居るはずのお母さんはいなくて、居ないはずのお父さんがいた。
目を合わせないで、自分の部屋に駆け込もうとしたとき。


「待ってよ、伊織ちゃん」

「離して下さい!」

「んだよ、つれないなぁ」


私の手を強く掴んで離さない。
背中がゾワッとして、必死に抵抗したけど所詮は大人と子供。
あっという間に押し倒されて。


(やだ…!やだ…!)


この先、何をされるかなんて、すぐに分かった。


「ただいま〜、…って、何やってるのよ…」


丁度お母さんが帰ってきた。
涙が出るくらい嬉しかった。
私達を見て、目を見開いている。


「お、お母さん…、たすけ、」


助けてという言葉は最後まで言うことが出来なかった。
右頬がジンジンと熱を持って、頭が真っ白になる。
怒りを露わにする、お母さん。


(わたし、お母さん、に…)


安堵した直後、それを払うかのように頭が真っ白になり、ぶたれたという事に気付くまで時間がかかった。


「アンタ、何やってんの!ガキのくせに色仕掛けなんかしてんじゃないわよ!」

「し、してないよ…」

「はぁ…、アンタなんかさっさと家出てけばいいのに」


面倒くさそうに溜め息をついた後、耳を疑うような言葉が出てきて目を見張った。


「な、んで…、そんな事、言うの?」

「私を捨てて出て行った父親に似ているからよ…。ああ、アンタなんか産まなきゃよかった…」

「お母さん…」

「私はね、アンタが大っ嫌いなの!」


ガツンと頭を鈍器のようなもので殴られた衝撃が走った。
涙が止まらない。


新しいお父さんが来てから、お母さんは私を相手にしてくれなかったけど、それでも私はお母さんに愛されていると思っていた。
だからどんな酷い事を言われても、平気だったのに。


(嫌い…。お母さんは、私を愛してくれてない…)


愛情なんて、全く無かったんだ。


それから数日後、学校が終わって家に帰れば、親戚のおばさんが私を待っていた。


「今日からあなたは私の家で住むのよ」


その言葉を聞いて私はお母さんに捨てられたとすぐに分かった。
何故だか涙は出なかった。


親戚のおばさんの家で住むようになった私は、最初の頃は良くしてもらったものの、1ヶ月もすれば私は邪魔な存在になっていた。


「余計な荷物を押し付けられたらもんだよ…」


それがおばさんの口癖。
それでも私は追い出されないように、掃除や洗濯、料理などをして耐えていた。

しかし半年後。


「明日から、新山のおじさんの所で暮らしな」


私はまた捨てられた。
文句も言えるわけもなく、私は頷く。




それから私は親戚中を盥回しにされた。
短くて3ヶ月、長くても10ヶ月程度で追い出されて、その度に転校を繰り返す。
友達なんて出来るはず無かった。


親戚の中には私に八つ当たりをする人も少なくなかった。
暴言はもちろん、物を投げられたり、時には殴られたり。
それでも逆らうことなんか出来ず、私は唇を噛み締めて耐えた。

きっと終わりがくると信じて。


高校3年生の7月。
私は1人で暮らしているという、秋山のおじいちゃんの家に預けられた。


(今度はどんな事、されるのかな…)


最初から居ないものだとされるか、それとも働かされるか、八つ当たりされるか。

しかしその考えはすぐに打ち砕かれた。


「おう、伊織か。待ってたぞ、早く入れ」


外で私を待ってくれていた。
驚きのあまり、声が出なかった。


「この部屋、自由に使っていいからな」

「え、あの、いいんですか?」

「いいもなにも、今日から家族なんだぞ?部屋がなくちゃ不便だろう」


感謝の言葉を言おうとしても、私の口からは嗚咽しか出なくて。

嬉しかった。
空っぽだった心が、温かいもので満たされていく。


「色々辛かったな…。すまんな、もう少し早くお前を引き取ってやればよかったのに」

「いえ…、本当、に…ありがとう、ございます…」


頭を撫でられる温もり、そして優しい言葉に私の涙は暫くの間止まらなかった。




その日から、おじいちゃんとの暮らしが始まった。
おじいちゃんは厳しかったけど、優しかった。


「伊織の料理は美味いな」

「本当ですか?おじいちゃんにそう言ってもらうと自信がつきます」


「伊織、こんな時間まで勉強してんのか?あまり無理するなよ」

「はい、もう少しで終わるので、大丈夫です」


本当に幸せだった。
失われていった何かが少しずつ戻ってくる気がして。


でも、幸せは長く続かなかった。


「え…、い、今、何て…」

「秋山富男さんが、事故に巻き込まれてお亡くなりになりました」


ガラガラと足元が崩れる音がした。

(おじいちゃんが…、死んだ?)


信じられなかった。
信じたくなかった。
でも現実は変わらない。
数日後、お葬式が営まれて、沢山の人が泣いていた。


また私の心にぽっかりと穴が開いた。


おじいちゃんが居ない今、あの家に住み続けられるわけがない。
そうなるとまた違う家に引き取られるわけで。

(嫌だな…)

朝から公園のベンチに座って、考えていた。
口から出るのは溜め息ばかり。
このまま逃げられれば、どんなにいいだろうか。


「…え」


ふと、辺りに目を向けたとき。
光のトンネルの様なものが目に入った。










「あとは、知っての通りです。そのトンネルをくぐったらこの世界に居ました」


絶対に言わないと決めていた過去。
何故か四代目様には話すことができた。


(軽蔑、されたかな…)


四代目様の言葉を俯いて待っていたら、聞こえた鼻を啜る音。


「っ、ごめ…、」


四代目様の目から一粒の涙が零れた。





さよならを告げる優しい音
(どうか、嫌わないで下さい)









 
 

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