幸せ探しの旅に出よう
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初めてこの体で感じた伊織さんは想像以上に小さくて。
抱き締めたらオレの胸にすっぽりと収まってしまった。
この人はオレが守り、幸せにする。
改めて誓いを胸に刻んで、少しでも力を入れたら折れてしまいそうな手を握った。
「以上が報告になります」
退院して初めての任務は滞りなく終わった。
四代目に報告書を渡して簡単に内容を伝える。
報告書に目を通した四代目が顔を上げてオレを捉えた。
「ん、ご苦労様」
「ではオレはこれで」
火影室を出ようとすれば、四代目が呼び止めた。
「ちょっといいかな?」
不気味なくらい笑みを浮かべる四代目に、だいたい何を言われるかが分かった。
「入院してたんだって?」
「…入院といっても数日ですし、大した怪我でもなかったので」
「…伊織ちゃんと付き合い始めたんだよね」
「はい」
別に誤魔化す事でもないので即答する。
四代目は表情を崩さない。
それでも纏っているチャクラは僅かだがいつもより多いようにも思える。
「あの子はオレの大切な家族だよ」
「…はい」
「泣かしたりしたら…分かってるよね?」
脅しとも言えるその言葉に屈したりはしない。
「心配は無用です。貴方が心配する間もないくらい、オレは伊織さんを愛しているので」
貴方の出る幕はもうない、という意味を含ませながら言うと、視界の端でカカシさんが「言うね…」と呟いたのが聞こえた。
四代目も驚いたように目を見開いてオレを凝視している。
「失礼します」
そんな四代目をよそに、オレは火影室を後にした。
「イタチさん、偶然ですね」
「っ、伊織さん」
「任務帰りですか?」
「はい。伊織さんは…」
「今日は仕事がお休みなので夕飯の買い出しに来たんです。まさかイタチさんに会えるとは思っていなかったので…嬉しいです」
ちょうど火影邸を出たところで伊織さんと会った。
嬉しいのはオレの方だ。
きっとオレはだらしない顔をしているに違いない。
頬を赤らめる伊織さんに、抱き締めて喜びを伝えたかったが、ぐっとこらえる。
「ご一緒したいんですが暗部の会議が入っていて…。すみません」
「謝らないでください。こうして会えただけでも良かったので…」
会議頑張って下さいね、と言って立ち去ろうとする伊織さんを呼び止めた。
「来週、休みがあるんです。良かったら何処かに出掛けませんか?」
「でも…せっかくのお休みなのに、いいんですか?」
「はい。オレは少しでも長く伊織さんと居たいんです」
言ってから後悔した。
反応に困らせてしまっただろうかと悩んだが杞憂に終わった。
「わ、私も…、イタチさんと少しでも長く、いたいです…」
ここが2人だけの空間だったら良かったのにと思った。
そうすれば人目を気にせずに伊織さんを抱き締められるのに。
愛を囁けるのに。
「行きたいところ、決めといてください…」
「はい」
「……せめて途中まで一緒に行きましょう」
「…はい」
伊織さんは木ノ葉通りまで行くようなので、途中まで一緒に歩く。
手は繋がないが、隣を歩く伊織さんとの距離は近く、以前は人1人分空いていた空間は今は無い。
それが酷く嬉しいのだ。
僅か10分足らずだったが、オレは満足だった。
別れ道になり歩き出した伊織さんを見送ってオレも会議に行こうと考えていれば、伊織さんが戻ってきた。
「イタチさん…」
「はい。どうしたんですか?」
「行きたいところ、なんですけど」
「はい」
「イタチさんのお部屋にお邪魔しても良いですか?」
「えっ…。オ、オレは構いませんが…。いいんですか?」
「はい。イタチさんのお部屋に行きたいです」
いいんですか、なんて聞いて、オレは何を期待しているのだか。
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「あれ、伊織ちゃん。出掛けるの?」
「はい、イタチさんの家に行ってきます」
朝、仕事に行くミナト様に聞かれた。
隠すことなく答えればミナト様は何故か固まってしまった。
「い、イタチ君の家に?」
「はい。イタチさんの家に」
「ぶ、無事で帰ってきてね…!じゃないとオレ、イタチ君を…」
ミナト様の最後の言葉はよく聞こえなかったけれど「夕方には戻ります」と伝えれば「楽しんでおいで」と言ってくれた。
ミナト様とナルト君を見送ってから、私も準備に勤しむ。
こちらの世界じゃあまり見ないクッキーとパウンドケーキを作って、この間買ったワンピースに身を包む。
化粧は苦手だからしない。
忘れ物を無いことを確認して家を出た。
約束の時間前に着いたつもりだったが、そこには既にイタチさんの姿があって、走って近付く。
「こ、こんにちは、イタチさん」
「こんにちは。伊織さん走ってきたんですか?」
「イタチさんが見えたので、つい…」
「嬉しいです」
里の噂で聞いたのだけれど、イタチさんはどんな事があっても任務を遂行する、冷酷非情な忍らしい。
けれど優しく笑ってくれるイタチさんにそれを重ねる事は出来ない。
冷酷非情なんてとんでもない。
優しくて思いやりに溢れた人だと、私は思う。
「行きましょう」
「はい」
そんなに重くない荷物までも持ってくれて、もう片手ではしっかりと私の手を握ってくれた。
歩いて少しすると見えてきた大きな門。
イタチさんが着ている服にも書いてある紋章があることから、これがうちは一族の印だと分かった。
「どうぞ」
「お邪魔します」
イタチさんの家はとても大きい。
何でもイタチさんのお父さんであるフガクさんはうちは一族で一番偉い人らしい。
ミナト様が教えてくれた。
静かな廊下をイタチさんの背中を見ながら歩く。
今更だが、いきなり家にお邪魔するというのは迷惑だったかもしれないと後悔する。
顔には出さないけれどきっと任務で忙しくて疲れているはず。
それなのに色々と連れ回してしまうのは申し訳ないし、イタチさんも自宅なら気を使う必要もないかと思って「家にお邪魔したい」と言ったのだが。
「今お茶を用意してきます。座って待っててください」
「あ、はい」
イタチさんの部屋だ。
綺麗に整頓されている。
本棚には沢山の難しそうな本が並べられている。
当然の事だが全部イタチさんを感じられて。
凄くドキドキする。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
お茶請けとして持ってきたクッキー、そして家族の方にと用意したパウンドケーキを渡す。
サスケ君は甘いのが苦手と聞いたので、パウンドケーキは甘さ控え目にしてみた。
「伊織さんの作った物、食べるの初めてなんで嬉しいです」
「お口に合うかは、分かりません…」
「そんな事ないです。凄く美味しい」
細められた瞳に胸が高鳴った。
「い、イタチさんの部屋には沢山の本がありますね」
それを誤魔化すように、私とイタチさんの共通の趣味である本についての話題を出した。
変に思われたかもしれないと不安になったが、イタチさんは特に気にする事もなく「興味ある本があったらお貸ししますよ」と言ってくれた。
緊張していた私だが、好きな本の話題ということもあって自然とリラックスできた。
途中イタチさんが持ってきてくれたアルバムを2人で見る。
家族写真やサスケ君とイタチさんの小さい時の写真があって、イタチさんが説明してくれる。
家族も居なければ、写真もない私にとっては思い出が留められるアルバムは羨ましい。
決してそれを顔に出していたわけではないが。
「オレ達も沢山写真を取って思い出を作りましょう」
とイタチさんが言ってくれた時には涙が出そうになった。
隣に座るイタチさん。
触れているわけでもないのに、こんなにも安心するのは何故だろう。
幸せなこの空間に酔いしれていると、静かだったイタチさんが私の肩に寄りかかってきた。
驚きと恥ずかしさで跳ね上がった体。
イタチさん、と名前を呼べば聞こえてきたのは寝息で。
やっぱり疲れていたんだ、と肩から落ちそうになる頭を自分の太股に乗せる。
流石に起きてしまうかなと思ったが「ん…」と声を漏らすだけだった。
風邪を引かないように、手を伸ばしてベッドから布団を拝借して掛ける。
長いまつげに綺麗な肌。
サラサラの髪の毛は誰もが羨むものだ。
今は閉じられている瞳も、普段は慈愛に満ちている。
「大好きです、イタチさん」
まだ直接は恥ずかしいから言えないけど呟けば。
「……伊織、さん」
イタチさんの口から漏れた。
聞こえる寝息に合わせるように私のそれもゆっくりになっていき、だんだん重くなる目蓋。
やっぱり睡魔には抗えそうにはない、とゆっくり意識が沈んでいって。
イタチさんの温もりを感じながら眠ってしまった私は、とても幸せな夢をみたのだった。
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これにて「イタチ落ちの場合」終了です。
1話完結にしたかったのですか、まさかの4話。
飽きずにお読みいただきありがとうございました。