龍神演義
□跡を継ぐ者(下)
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「父上!しっかり!!」
徳龍は慌てて武龍の元へ駆け寄り、体を助け起こす。触れた体が炎のように熱い。
「徳龍、お前は里の者を連れて退け。手傷を負っている者は元化のところへ連れて行け。お前も元化にちゃんと診てもらえ」
「父上はどうするんだよ?その体で何をするつもりなんだよ……」
熱のせいなのか、ほんのりと赤い顔をした武龍は微笑する。
「別に何もしない。言っただろう?動けなくなるって。
ここで少し休んでから帰るから、お前は皆と一緒にさっさと戻れ。月英も、志龍も心配しているぞ」
「ここで休むって……何馬鹿な事言ってんだよ!父上だって怪我してるだろうが。
放っておけるわけないだろ!」
武龍の体が強い力に引き寄せられた。
「こ、こら! 何するんだよ!」
「決まってんだろ。里に帰るんだよ、父上も一緒に」
徳龍は強引に武龍を抱え、一歩ずつ歩き出した。
一方、息子に抱えられているのが癪に障るのか、照れくさいのか、武龍は徳龍を振り払おうとするが、指一本すら動かすことが出来ない。
「怪我人に抱えられるなんてご免だ! 離せ!」
「子供じゃあるまいし、駄々こねるなよ……大人気ないなぁ」
「何とでも言え。嫌なものは……」
武龍の声がぷつりと途切れる。
秘薬の効果が切れた武龍の体に激しい痛みが牙を向ける。
先程つけた左目の傷から無数にある古傷まであらゆる傷がそれぞれ痛みを発していた。
「徳龍、放せ……俺の言うことが聞けないのか?」
「父上、俺は龍族の男だ。怪我をした仲間を戦場に置いていくなんて絶対にできない。
たとえ長の命令に背くことになっても俺は父上を里へ連れて帰る」
武龍を抱える徳龍の腕に力がこもる。
「俺は孝行息子とは言えないけど……親不孝者にはなりたくない」
徳龍は武龍の方をちらりと見る。
武龍は目を閉じたまま、じっと押し黙っていた。
徳龍の声が届いていたのかどうか、その表情からはわからなかった。半ば意識が朦朧としているようにも見える。
「……ったく、肝心なところを聞いていないんだから……ま、いいか」
徳龍は苦笑いを浮かべながら歩き続けた。
初めて抱える父の体はずしりと重い。父の体を支えている自分の体も先ほどの動きがまぐれであったかのように重い。
重みを跳ね除けようと、徳龍は懸命に、一歩ずつ前へ進んでいく。
「……いつの間にか追い抜かれたなぁ」
「うわぁ! 起きていたのかよ!」
今まで気を失っていたものと思っていた武龍が突然声を発したので、徳龍は驚き、武龍の体を落としそうになる。
「うるさい奴だ。耳元で馬鹿でかい声を出すな」
「驚かすからだろう! 追い抜かれたって何のことだよ?」
武龍は口元に薄らと笑みを浮かべる。
「背丈。いつの間にかお前の方が大きくなっていたんだな……」
「今頃気づいたのかよ。意外に鈍いんだから」
「うるさい。さっさと前へ進め!」
「へいへい」
徳龍は苦笑いを浮かべながら再び歩き出した。