龍神演義
□最強と最凶(五)
1ページ/11ページ
暗闇の中から両腕が伸びだし、しっかりと体をつかまれる。
両腕の持ち主は、しきりに何かを言っているが何と言っているのか聞き取れない。
恐る恐る顔をあげて、持ち主を見ようとした瞬間だった。
頭上から雨のように血が降り、そこには頭のない男が立っていた。
目の前に広がる真っ赤な光景。
返事が返ってこないとわかっていても、男のことを呼ばずにはいられなかった。
「父上!」
伸ばした手は父には届かず、目の前には宿屋の天井が広がっていた
ゆっくりと身を起こすと、脇腹に鈍痛がはしる。
「気がついた? まだ完全に傷口が塞がったわけじゃないからしばらくは安静だよ」
志龍が心配そうに武龍を見つめていた。武龍は今にも泣き出しそうな表情の志龍にいつもの笑顔を向ける。
「俺はこのくらいじゃ死なないよ。人よりも体が頑丈にできているらしい」
笑いながら志龍の群青色の髪を撫でる。
「志龍、ごめんな。厄介ごとが増えた。お前にはまだまだ心配かけることになりそうだ」
「どうせ止めたって聞かないでしょう? 僕は何をすればいいの?」
「今すぐシンをここへ連れてきてくれ」
志龍は黙って頷き、部屋から出て行く。
テムジンと部屋に残った武龍はため息をつき、項垂れ、はき捨てるようにつぶやく。
『気にくわない。俺の弱みにつけこんだ死に方をしやがって……』
『お前、大丈夫か? シンと冷静に話ができるのか?』
『……大丈夫だ』
武龍が顔を上げ、拳を強く握り締める。
『四番目とやらを引きずり出して、俺に戦をけしかけたことを後悔させてやる』
不敵な笑みを浮かべる武龍の眼差しは、手負いの獣のように鋭く、冷たかった。