龍神演義

□最強と最凶(六)
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 快晴の空の下、森の中から辺境の里の人々の声が聞こえてくる。
 昨日までのいがみ合いが嘘であるかのように、笑い声まで混じって聞こえてくる。

 笑い声のする里の人々の中心には武龍がいた。
 昨日見せた半ば威圧的な態度とは打って変わり、始終笑みを浮かべてすっかり里の人と打ち解けている。

 テムジンは皆に弓の扱い方を教えている。草原の民は弓と馬の扱いは他のどの種族よりも長けている。
 テムジンもまた里の人々と打ち解けていた。

 人の心を惹きつけて、まとめる力。
 これが長に必要な力量なのか……
 玄真は武龍をじっと見つめていた。

「こら、そんなに見つめたら穴があくだろうが」

「うわぁ!」

 いつの間にか背後に忍び寄っていたテムジンに声をかけられ、玄真が悲鳴をあげる。

「お前、武龍に惚れているのか? やめとけよ。あいつの好みは綺麗なお嬢さんだ。男色には興味がないから諦めろ」

「ち、違います! そんなんじゃなくって……羨ましいんです」

「羨ましい? あいつのことがか?」

 頷く玄真を見てテムジンは腹を抱えて笑い出す。

「面白いことを言う奴だ。あんな出鱈目なオヤジのことを羨ましいだなんて。冗談キツすぎるぞ」

「出鱈目って……すごい人だと思いますよ。名君とはああいう人のことを言うのだと思います。
私は武龍様を見習いたい」

 テムジンの笑いがぴたりととまった。

「なんだ、長としてのあいつに惚れているのか。まぁ、確かに歴代の長の中でも一、二を争う名君だろうな。
腕も立つし、頭も切れる。常に民のことを考え、人の動かし方も上手い。おまけに女にもモテる!」

 最後の一言は関係ないのではと言いかけたが、黙って話を聞くことにした。

「長としての武龍は非の打ち所がない、完璧だ。見習うのならあいつの長の力量だけにしておけ。
一人の人間としては、珍しいくらい脆くて、劣等感の塊のような奴だ」

「脆くて劣等感の塊……」

 武龍のほうをチラッと見る。相変わらず里の人たちと笑いながら何かを話している。

「全然そんな風には見えないのですが……」

「玄真、完璧な人間なんていないぞ。必ずなにかしら欠点抱えてるもんだ。欠点を上手く補う方法を知っているか否かで気の持ちようも違う」

「補う方法……」

 里の人と話していた武龍の目線がふっとこちらを向いた。

「お、やばいぞ。油を売っているところがバレた。俺は持ち場へ戻る。じゃぁな」

 ヒラリと頭に巻いている白い布をなびかせてテムジンはきびすを返し、走り去ろうとしたが、何かを思い出したように途中で立ち止まる。

「玄真」

「は、はい」

 なぜか武龍から呼ばれたときのように緊張してしまう。

「昨日、お前が里の人を説得した姿。長になるちょっと前の武龍に似ていたぞ」

「えっ?」

 驚いてテムジンを見たが、もうすでに駆け出して行ったあとだった。


 苦笑いを浮かべる武龍の肩をテムジンが軽く叩く。

『まぁ、たまには俺が話してみるのもいいだろう?』

 ニッとテムジンが笑う。
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