話
□君が好き
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鬼灯は…いつまで僕と居られるんだろう?
神獣と鬼神ー…
それは、長いような短いような時間ー…
「鬼灯?わっ…。」
いつものように目潰しをされると身構えたら、優しく額にキスされた。
僕はというと、呆気にとられて言葉を無くす。
眉間に皺を寄せながら、僕を見ている鬼灯。それは、隠し事をしているような表情だった。
僕は何人もの人や動物達…色んな者を見てきたんだ。そのくらい解るよー…
「どうしたの?」
「いえ…。」
恋人に言えない隠し事なんてもやもやするじゃないか。そこまでするなんて…何か重大なことなの?
まさか…。
ひとつ。
嫌な予感がする。
「…。」
もしかしたら…鬼灯は…。
もう、会えなくなるのかもしれない…の?
「白澤さん…明日、地獄に来て下さい。」
踵を返して遠ざかっていく鬼灯。
「え?」
その一言しか言えずに、後ろ姿を見送った。
「…。明日?」
…
次の日。
鬼灯の住む地獄まで足を運ぶ。何度来ても慣れない血の匂いと耳を塞ぎたくなる悲鳴。
花街に行くのなら、こんなことはないけれど…。鬼灯に会うにはここを通らなければならない。
こんなところは嫌いだ…早く帰りたい。けど…あいつがあんな顔をして言ったんだ。
仕事があるだろうし…せめて、部屋に行くくらいはー…
そう思って歩いて行くと、薄暗い場所へと足を踏み入れていた。
「あれ?」
ここは…何処?
何度か、案内してもらったことはあり、把握しているつもりだったけれど…違う道らしい。
僕の立っていたところからは残酷な光景が広かっていた。
悲鳴。
グシャッと何かを踏み潰したような音。
赤い血。
助けて、助けて…と救いを求める声ー…
「あ…。あ…。」
思わず耳を塞ぐ。その場にうずくまって動けない。
地獄は嫌いだ。苦しんでいる場面を見るのは胸が締め付けられるくらい苦しくなる。
怖いー…
「鬼灯…っ。」
あいつは仕事で忙しいし、僕が今ここに居ることも知らない。来るわけがないのは解っているのに、愛おしい人の名を言葉にしていた。
ぺちょ…と何かが近付く音が聞こえ、思わず見を震わせる。
「助け…て。」
顔を上げると、額に血を流し助けを求める亡者がこちらに向かって手を伸ばしてきた。
でも…僕は助けることなんてできなくてー…
「ご…ごめん…ごめんね…。」
この世界に手を出すことはできず…ただ、ひたすら謝ることしかできなかったー…
何もしてあげられなくて…ごめんねー…
そんな自分に嫌気がさして目を反らす。
「助けてよっ!」
「あ…。っつ…。」
僕の腕を掴んで声を荒げる亡者。しかし、それでも僕は顔を見ることができなかった…。すると違う足音が近づいてくる。
「おい!行くぞ!」
亡者は獄卒に手を引かれ、助けを求める声は次第に遠ざかっていく。
僕は…その光景を眺めながら呆然と座り込む。
「ごめんね…。」
呟いた声は空気に溶けて、誰にも届くことはない。
悔しくて、悲しくてー…
真っ黒い感情に押し潰されそうになるのを必死に堪える。涙が零れて止まらない。
震え出す身体に、ふわりと優しい何かが僕を包んだ。大きくて、優しい手が触れる。
「全く…何をしているんですか。」
聞き覚えのある声と、黒と赤の色ー…
「ほ…鬼灯?」
鬼灯の体温が低いからか、身体がひんやりとする。でも…あたたかい。
「貴方が呼んだのでしょう?私は地獄耳なので。」
そういえば…名前を呼んだっけ?急に恥ずかしくなってきた。
「ふ、ふん。おまえなんて来なくても部屋まで行けたもんね。」
そして可愛いげのない言葉で突っ返す。
「可愛い気のない…。大体、地獄に来て下さいと言ったのに、何故部屋まで行く必要があるのですか?」
「え?」
カッと顔が熱くなった。仕事の邪魔になっちゃいけないから…なんて今更言えない。
「そ、それは…その…。」
「まぁいいです。早く立って。行きますよ。」
「うん。…っつ!」
全身に力が入らない。
思わず笑ってしまう程の脱力感に襲われた。
「どうしました?」
「え?は、はは…。」
はぁ、と溜息をついて背中を向けてきた。
「な、なんの真似だよ?」
「ほら、掴まって下さい。」
細身なのに広い背中に思わずドキリとしてしまう。
「いいよ、自分で歩けるから…。」
「そんなに震えて…大丈夫には見えませんが?」
身体はカタカタと震え、脱力しているせいで立てない。
「う…。」
「早くして下さい。」
素直に肩に掴まるとヒョイッと持ち上げられ、思わず「わ。」と声を上げてしまった。そのまま無言で歩き出す。
「謝謝…。」
「はい。」
鬼灯の背中は冷たいけれど温かくてー…
顔を埋めると自然と震えが収まっていったー…
鬼灯の部屋に着くとフカフカのベッドに降ろさる。
「もう大丈夫ですか?」
「うん。」
とても今更ながら、鬼灯は少しだけ柔らかくなった気がする…。
「そういえば、なんで今日は呼んだの?」
その質問に少し悲しげな表情をしたけれど、すぐに元に戻り無表情で僕をみる。
「わかりませんか?まぁ、そんな気はしていましたが。」
「え?」
唇に柔らかいものが触れる。舐めると甘さが口に広がった。
「これ…。ケーキ?」
「違います。和菓子というものです。」
鬼灯は料理も上手いんだ…。
「美味しい…。」
「今日は私と貴方が付き合った一周年の記念日です。」
「一周年…。」
その言葉に、涙が伝うー…
何時からだろう?
月日を感じなくなったのはー…
何時からだろう?
誰とも関わりを持たなくなったのはー…
何時からだろう?
関わりを持つことで悲しいと感じることになったのはー…
どうしてだろう?
鬼灯を…こんなに愛してしまったのはー…
「うっ…くっ…。」
どうしようもない感情に支配されて…涙が止まらない。
「泣かせたかった訳じゃ…ないのですけどね。」
そっと唇に口づけされ、細長い綺麗な指が僕の涙を掬う。
ぶっきらぼうにプレゼントを渡される。嬉しいのに…涙が止まらなかった。
その後は、何気ない話をしつつ一緒に布団に潜り、語り合った。
中々こんなふうに過ごすことはできないのでとても貴重な時間だ。どちらともなくいつの間にか眠ってしまった。
目覚まし時計がけたたましく鳴り響き、朝だと時を告げる。
「ん…。鬼灯?」
「すー…。」
「ふふ。よく寝てる。」
サラリとした髪を弄び、頬に軽く触れた。
普段、あまり触れることはないから…無抵抗な彼はなんだか可愛い。
「さて…そろそろ戻らないと…。」
起き上がろうとしたら急に腕を掴まれて、もう一度ベッドに寝転ばされる。
「もう少しだけ…。」
甘えたい子供みたいにキュッと手を握る彼に、クスリと笑みがこぼれてしまう。
「子供かよ…。仕方ないなぁ…あと5分だけだよ?」
たとえ、君が居なくなってしまってもー…
僕は君を忘れないー…
だから、今だけはー…
一番愛おしい彼の傍に居させて下さいー…