□炬燵
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「うー…地獄って寒いなぁ…。」



桃源郷とは違ってすっかり冷たい風の吹く地獄。日本の季節が移ろうことは素晴らしいと思うけれど…暖かい場所にずっと住んでいる僕にとっては寒さが身に染みる。


女の子の依頼だから意気揚々と地獄まで出て来たのは良かったけど…地獄との気温差をすっかり忘れていた。縮こまって歩きつつ、配達先まで辿り着く。



「こんにちは〜。頼まれてた薬持って来たよ〜。」


「あら、白澤様ぁ。ありがとう。」



綺麗な黒髪を後ろに束ねた女の子が玄関から出て来た。サラリと揺れる髪から甘い香がしてクラッとする。うなじが妙に色っぽくて首筋にキスしたいくらいだ。



薬の袋を受け取るタイミングを見計らって彼女の掌に触れる。



「ねぇ…今日の夜空いてる?」


「ごめんなさい。今日は予定があるのぉ。」



スッと僕の手から逃げて、代わりに代金だけが手元に残っていた。



「う〜ん、残念。」


「またねぇ。白澤様。」



玄関が閉じると僕だけが残された。すっかり心まで冷え切ってしまった僕は踵を返す。この後は暖かい桃源郷でこの冷たい身体と心を癒す…はずだった。



「おや?白豚さん。こんな場所でどうしました?」


「げ。」



そこには我が宿敵であり、嫌いであり、大嫌いであり、尚且つ会いたくない相手が立っていた。


大きな袋と座敷童を乗せて平然と僕の方に視線を向けている。



「何してんの?」



特に敵意も感じ取れない為、普通の言葉を投げ掛ける。



「見てわかりませんか?買い物ですよ。貴方の無駄に付いている目は飾りか何かですか?」


「一々ムカつく奴だなぁ…普通に話し掛けてやったんだろう?じゃ、僕帰るから。」



鬼灯の前を通過しようとすると足を掛けられた。が、その程度の嫌がらせならしょっちゅうの事なので華麗にかわす。



「スケコマシ、ムカつく。」

「うん。格好つけてかわすところがムカつく。」



地に足が着いていない状態でグイッと襟元を掴まれて僕は背中を打って倒れてしまった。


「あはははははは。」

「あはははははは。」



二人の無感情な笑い声が僕の耳に入ってくる。子供だけど…この二人は本当に可愛気がない。



「いたた…。」


「すみませんねぇ。きちんとしつけをしていたらこうなってしまって。」


「どこがちゃんとしてるって?謝る気ゼロじゃないか!」


この二人を引き取ったのは他でもないこの目の前に居る鬼だ。どう考えても普通に育つはずがない。


現にヒトを転ばせておいて笑うように育っている。



「はぁ…仕方ありません。お詫びに一緒に来ますか?」


「どこに?」


「私の部屋に。」



クエスチョンマークを付けつつ、鬼灯の後を着いていく。コイツの傍は苛々もするけど何だかんだで落ち着くのだ。


それに…これはお詫び…お詫びなんだから別に着いて行っても変じゃない。



「おや?本当に来るんですか?日本人的には社交辞令みたいなものなので遠慮して頂きたいのですが。」


「お前の遠回しな拒絶なんか知るかよ。折角だからお詫びしてもらおうじゃないか。」















ー…
















鬼灯は部屋に着くと、ドサリと荷物を置く。袋から大きな段ボールを取り出した。



「ハサミは…っと。」



鬼灯がハサミを探している間に僕は興味本位で段ボールをちょっとだけ持ち上げてみる。



「重っ…。」



よくもまぁこの荷物と子供二人を持ち上げて移動できるものだ。尋常じゃない…。細身の癖に全身筋肉なんじゃないか?アスリート並の体脂肪率に違いない。



「…ところで、これは何?」


「炬燵です。」


「コタツ?」



日本では寒さを凌ぐ為に使われているやつか…。


天国は普段が暖かい場所だし、見たことが無いわけではないが使ったことはあまりない。



「おじいちゃんと炬燵、組み合わせ的には良いじゃないですか。」


「年寄り扱いやめてくれる?」



会話しながらテーブルを組み立てていく鬼灯。


布団をかぶせてコンセントを入れると少しずつ暖かくなってきた。



「おっ、良いねぇ。暖かい。」


「おい。何を寛いでんだ。というかずっと何もせず見ているなんて…チッ。」


「何で怒るんだよ!?僕は呼ばれただけだろう!?」


「こっちは炬燵を用意してるのに!気を利かせてバスケットの中に蜜柑くらい入れて来なさいよ!炬燵に蜜柑は定番でしょうが!」


「んなこと知るかよ!そう思うなら自分で持ってくれば良いだろ!客にそんなこと頼むな!」


「はぁ…仕方がないから自分で行くとしますか。」



鬼灯が部屋を出ようとすると先に扉が開く。



「蜜柑、持ってきた。」



小さな身体には重たそうなぐらいバスケットの中には沢山の蜜柑が積まれている。



「スケコマシ、本当に役立たず。」


「気が利かない。」



鬼灯はよしよし、と一子と二子の頭を撫でてから僕を一瞥すると蜜柑を受け取った。


無言で役立たずと言われていることに苛立ちながら頬を膨らませて炬燵布団の中に潜る。



「事実なのに…。何をふて腐れているのです?」


「ふん。別にふて腐れてなんてないし。」


「全く…。」



どこか優しげな声で「仕方ないですね…。」と言うと鬼灯も炬燵の中に潜ってきた。…流石に男二人でこの中は窮屈だ。



「何で潜ってくるのさ!」


「寒いんですよ。温めて下さい。貴方が唯一できることでしょう。」


「女の子は温めてあげたいけどお前は無理!って!冷たいからっ!」



ひんやりとした指で僕の首筋に触れてくる鬼灯。その指が背中に回ってきて抱きしめられる形になる。



「温かい…。」


「放せよ…ぐえっ…。」



力加減を知らないにも程があるだろ!と突っ込みたくなるくらい抱きしめてくる鬼灯に必死に手で鬼灯の身体を叩いて抵抗する。すると少しだけ力を弱めてくれた。


…っていうか…熱い…。



「なぁ…コタツの熱が直に当たってる部分が熱いんだけど…。てか二人で潜ってると酸欠になる。」


「…そっちですか…。いや、別に構いませんが。」


「何がだよ?」


「てっきり突き放されるかと思ってましたから。」


「この空間でそんなことできると思うか?一歩間違えば服が焦げる。」


「嫌じゃないんですか?」


「…。」



そういえば…こいつと抱き合っている筈なのに身体が拒否反応を示さないー…


女の子じゃないのにー…


嫌ではないのは何でなんだー…



「…別に。」


「…。そうですか…。もういいです。蜜柑でも食べましょう。」


「ああ、うん。」



そう言って炬燵から出る鬼灯に続く。



「あれ?お前…。」



さっきまで冷たかった鬼灯の身体が少しだけ温かく感じたー…



「何ですか?」


「いや、何でもない。」



きっと炬燵が暖かいから身体が温まったんだろう。きっと、そう。



そうして僕達は蜜柑を食べ始めたー…

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