約束の聖戦

□3話
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第1幕 3話 魔王軍第三部隊










そうだ、僕は彼女に斬られに行ったわけではない。
任務の旨を伝えに行ったのだ。
……伝えたっけ?
「そんな話をしたような気もする……だが、集合場所は伝えてない」
「それじゃ伝えたことになりませんよ!」
とりあえず、再び彼女を捜しに地下演習場へ向かう。


***


私は部屋からいろいろなシャンプーやリンスを持ちだして、大衆浴場に向かった。
一般の軍人に与えられる私室にはトイレや浴室、台所などの水回りの施設がなく、全て共通の施設でまかなわれている。階級の高い軍人の部屋にはそういった設備が整えられているけど、私は一等兵だから大衆浴場を使うことになる。
今の時間帯はまだ混んでないはずだけど、誰かいたら嫌だなぁ…。
そんな風に思いながら浴場に向かったが、ほとんどヒトはいなかった。
ちなみに、会ったら嫌な奴はいなかったけど、会っても特に私に害がない人畜無害な知り合いがいた。
「メリー。お帰り〜」
ちょうど同じ部隊の同僚メリー=パルヴェンツェ二等兵が着替えているところだった。上着を脱いで棚の籠に入れていることから、これから入浴なのだろうと察せる。
「ルルニカちゃん、ただいま」
彼女はこちらに気づくとふわりと笑う。あぁ、この子、本当に癒し系。なんか和む。
メリーは私と同期の軍人で、訓練学校時代からの仲。私は訓練学校を出てすぐに本部第三部隊に配属されたけど、彼女は本部の違う部隊に配属。隊長が第三部隊の隊長に任命されてから、彼女に第三部隊への異動命令が出た。
だから、昔からの仲ではあるけど、実際に同じ部隊で一緒に働けるようになったのは一ヶ月ほど前からだ。
「任務どうだった? なんだっけ、あれ、チーゴ地方の遺跡調査だっけ、なにか面白いものあった?」
メリーは戦闘にむかない。そのため、彼女に割り当てられる任務は討伐などよりも調査任務のほうが多い。特に彼女は古代魔法文明についての知識が豊富なので、そういった関係の調査に回される。
おそらく、今回行った遺跡も、その関連のものなのだろう。
「それがね、ちょうど政府の調査団体とぶつかって、調査できなかったの…。遺跡に辿り着く前に戦闘になって……あまり戦闘に不向きなヒトばかりだったから、結局……」
「敗走したのか…」
彼女、魔法の腕はそれなりにある。そこらへんで威張ってる人間の魔法使いの実力なんて目じゃないくらいの実力がある。でも、彼女はそれを実戦で発揮できない。なぜかって? 周りの軍人が彼女を「非戦闘員」にしちゃってるから。
メリーは極度のおっちょこちょいで、簡単なミスを連発する。そのため、周りの軍人からは厄介がられていて、上手くいく仕事も彼女が関わると上手くいかないとまで言われている。
多分、彼女がきちんと実力を発揮できる状態だったなら、この任務も敗走なんてしなかったはずだ。一部の理解あるヒトから「大魔道の卵」とか呼ばれてるくらいだからね。メリーの魔法の実力は確かなはずだよ。
でもさ、第三部隊って、そういうヒト多いんだよな。実力は一般軍人をはるかに上回っているのに、なんらかの問題がそれを邪魔して周りに認められていない、みたいな。
メリーの場合だって、そういうおっちょこちょいが目立ってしまっているだけなんだけど。
まあ、私の場合は、上官に剣を向けてるからかな、階級が上がらないの。でも、それにしてはまだ評価されてるほうなのか……英騎士なんてあだ名がつくほどだし、剣の腕については評価されてるのか。
「まぁいいじゃん。チーゴ地方の遺跡なんて、大したもの残ってないって聞いたよ? 失敗したってそんな落ち込むこと無いって」
「うぅん、きっと、負けたのは私のせい……私が全然戦えないから…」
「いやいや、メリーはやればできる子だから、全然戦える子だから」
「私なんて軍人に向かないの……戦いない軍人なんて、剣が使えない軍人なんて……」
「………」
あーあ、ネガティブモード発動しちゃったよ…。
メリーは自分の失敗に関して、必要以上に悩む癖がある。周りに評価されないのは、もしかしたらこの性格も関係しているのかもしれない。
「そ、それよりさ!」
とりあえず彼女のネガティブモードをどうにかしようと、話題を逸らしてみる。
「第三部隊に、死地一帯の魔物討伐任務が出たんだって! 陛下も酷いよね、たった七人しかいない第三部隊にこんな仕事押し付けるなんてさ!」
「七人じゃなく六人です、私は戦えないから……」
「猫の手も借りたいんだよ! メリーの手足も借りたいんだよ!」
やばい、更にネガティブへと向かっている気がする。
「と、とにかく、人手が必要なんだって! そのうち、メリーのところにも隊長が来ると思うけど」
そういえば、任務から帰ってきたメリーを合わせても、現段階で四人しか本部に在沖していない。最悪、たった四人で討伐任務に向かうことになるのだろうか。
任務の日時とか、聞いてないけど……さすがに全員帰ってきてからだよね、これ。
「というか、早くお風呂入ろ! 寒い!」
服を全部脱いだ私は、桶とタオルとシャンプー達を抱えて、メリーをせかした。
「うぅ、髪を融かさねば…」
いつ来ても、無駄に広いよなぁ、ここ。
黒い石畳みのタイルで造られた浴場はかなりの広さがある。
ヒトはまばら。混んでいないのはありがたい。
私はお湯につかる前に、壁に並んで設置されたシャワーに向かう。五十度くらいにお湯を設定して、頭からお湯を浴びる。
「熱つつつつつ!」
「ルルニカちゃん! 火傷しちゃうよ!?」
「うぅぅ、我慢我慢……」
ずっと髪を手でいじっていたのだけれど、体温でも融けないってどんな氷だよぉおお。
凍った髪の先をお湯にあてて、融けるのを待つ。少しずつ、凍っていた髪の毛が柔らかくなっていく。さすがに隊長の魔法でも五十度のお湯は勝てないだろう。
いや、本気の魔法だったらたとえ百度のお湯でも融かせないと思うけど。
「ルルニカちゃん、髪の毛、凍ってる…?」
「そうなんだよ〜。隊長に魔法ぶつけられちゃって。髪の毛凍っちゃってさぁ……どうせなら氷魔法じゃなくて水魔法にしてくれればいいのに…」
「……ルルニカちゃん、隊長に何かしたの?」
「あ〜…」
隊長が意味もなく他人に攻撃することはない。メリーはぎょっとして私を見た。
「うーん、うん。隊長と斬り合いしてた。とどめに魔法ぶつけられちゃって…」
「隊長と…!? ルルニカちゃん、無傷なんだね…」
「うん。隊長、全然攻撃してこなかった。私がいくら攻撃してもなにもしてこないんだよ〜」
「……隊長、災難」
「え、災難は髪凍らされた私のほうじゃない!?」
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