約束の聖戦

□4話
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第1幕 4話 初支部制圧任務
<エルタ地方編1>










ここは食堂。
がやがやと騒がしいのはいつもと同じだが、その一角で明らかに緊迫した雰囲気の空間があった。
「ほう………では、独断行動の末、魔物に囲まれ窮地に陥り、それを隊長に助けて頂いた、と。……そういうことだな?」
中尉が、リナのお説教をしている。
……説教って、こんなところでやることだったかな。
周囲の注目を集めているが、中尉の気迫のためか、周りが茶々を入れるようなことはなかった。
僕とヴィス、そしてルルニカも、なぜかリナの隣に座らされている。
別に僕達は説教を受けているわけではないのだが、なぜか中尉がそこにいてくれと言ったのだ。
自分が怒られているわけではないのに、自分も怒られているような気がして居心地が悪い。それはヴィスとルルニカも同じで、ヴィスはテーブルの下で手悪さ、ルルニカはカウンターの料理のほうに目をやっていた。
逆に、リナのほうへ目をやる。彼女は中尉の言葉を素直に受け止め、自らを省みているのか、唇を噛んで俯いていた。
中尉もそんな彼女の様子を見ながら、彼女が反省していることを確認し、少し声を和らげる。
「隊長はどうやら、お前の種族差別については何も言わないようだが……私は、お前のその意識は改めるべきだと考えている。今回は大事にならなかったが……もし今後の任務でお前が今回のように、自身の価値観による無責任な行動をとれば、部隊全員を危険にさらすようなことがあるかもしれない。それは、お前も分かっているね?」
「…はい」
「なら、今後は態度を改めなさい。そして、これからは命令無視や独断行動をしないこと。分かったね?」
「………はい」
彼女はそう返事をするが、やはりまだ納得のいかない表情だった。もやもやと、何かを考え込んでいるような。
中尉も彼女が納得していないことは分かっているようだが、これ以上長引かせても意味がないと察したのか、彼女にもう戻るように伝えた。
リナは席を立つと、重そうな足取りで食堂を出ていった。
………少し、言いすぎてしまっただろうか。
昨日は頭に血が上っていたとはいえ、僕は要らぬことまで言ってしまったのかもしれない。
昨日の彼女とのやり取りを思い出していると、中尉が腕を組んだ。
「ルルニカ、ここに座っていろと言われた理由は……分かっているな? そして、隊長も、お分かりですね?」
「え?」
ルルニカは中尉の言葉に不服そうに唇を尖らせたが、僕は全く中尉の言葉を理解できない。
……僕、何かしたっけ。
「一昨日の、演習場での出来事は聞きました。隊長、貴方も貴方です。ルルニカの戯れに応じるなど、何を考えているんです」
「え、えっと…」
なにを、と言われても。
「確かに彼女は言葉で言って聞くような性格ではないと思いますが、だからといって戦いに応じては駄目でしょう。貴方は部隊長なのですから、部下を制してこそでしょう」
「はい、すみません…」
中尉の言葉はご尤もだ。尤も過ぎて、頭が上がらない。
「そーだそーだ、隊長、あんなすんなり応じちゃダメよ〜」
「お前がそもそもの原因だろう、ルルニカ!」
「あ、はい、ごめんなさい」





そんなこんなで、中尉の説教が終わった頃。
「あれ、中尉、俺はなんで座ってろって…?」
僕とルルニカは一昨日のことについて怒られたが、
ヴィスは何も怒られていない。
彼自身も不思議だったようで、立ち去ろうとする中尉に尋ねると、
「あぁ、忘れるところだった。お前は隊長に失礼が多すぎだ。隊長の迷惑も少しは考えなさい」
「あ、はい」


***


「隊長、俺とイチャラブしまぶぐえはっ」
中尉に言われたにも関わらず、ヴィスは僕の自室までついてくる。自室に入った途端、彼が飛びかかってきたので、回し蹴りをお見舞いしてやった。
「ぐ、こ、これも隊長の愛の形…俺は隊長の愛を受け止めてみせる…!」
「気持ち悪い黙れ」
しかし耐性がつきはじめたのか、彼は少し呻いただけで蹲ったりすることはなかった。
しばらくすると痛みも引いたのか、彼はにこにこしながら僕の腕を掴む。
「隊長隊長、取り敢えず一緒にお昼寝しましょう?」
「切り替えが早いのはお前の美点なんだろうな…」
彼のどうでもいい長所を発見しつつ、僕は上着を脱ぎ、椅子の背もたれにかける。
ふと、書斎机の上に見慣れぬ封筒が置かれていることに気づいた。
「…なんだ、これは?」
手に取ってみる。
それは至って普通の白い封筒で、差出人は書かれていない。ただ、僕の名前だけが書かれていた。
「あれ? 俺、隊長にラブレターなんて書いてませんよ?」
訳の分からない彼の言葉は無視することにしよう。
「伝令か何かか?」
しかし、魔王からの伝達や任務通達なら、きちんとした書類が上がってくるか、呼び出されて直々に任務の旨を伝えられるはずだ。
何の封筒だろう。そもそも、誰から?
「とりあえず、開けてみたらどうです?」
それもそうだ。中を見れば分かるかもしれない。
どうやら僕宛てのものであるようだし、僕は遠慮なく封を切り、中から便箋をとり出した。
「なになに……」

《果し状
明日、屋外演習場にて待つ》

「は、くだらん」
僕はすぐにそれを破り、ゴミ箱に捨てた。
「即断即決ですか……少しは考えてあげましょうよ。わざわざ筆で書いてあるのに」
僕に代わりに彼が申し訳なさそうな顔をして、ゴミ箱の中を覗きこむ。
「でも、誰でしょうね? 隊長に果し状だなんて……隊長と戦うだなんて、自殺行為なのに」
彼が疑問を口にしながら肩をブルリと震わせた。毎度毎度、僕に制裁を加えられているせいか、僕の暴力性や遠慮のなさは身に染みて理解しているようだ。
しかし僕は、誰にでも暴力を振るっているわけではない。この男が規格外の変態だから、制裁を加えているにすぎない。
「別に、誰だろうと構わないだろう。どちらにせよ、僕はその果し状に従う気はないしな」
「えー、面白そうなのに…」
「どうせ、人間への差別意識を持つ軍人の悪戯だろう。悪戯にかまっていられるほど、僕も暇じゃない」
とは言ったものの、仕事がなくて実際は暇だ。
「俺は、誰が相手でも隊長が瞬殺で勝つと思うんですけどねー…」
「相手がルルニカで、魔法が禁止だったとしてもか?」
「それは…」
さすがにこれは即答できないのか、彼は言葉を濁らせる。
彼が焦って言葉を探している様子を見て、なんだか微笑ましくて笑えた。
「そもそも、僕は中尉にルルニカとの件についてあれだけ怒られたんだぞ? また同じようなことをすれば、さすがに僕でも中尉に殴られかねない」
「ふふ、確かにそうですね」
二人で笑っていると、部屋の扉を叩く者がやってきた。
それは魔王直属の連絡官で、魔王が僕をお呼びだと分かる。
「第三部隊長殿、魔王陛下がお呼びです。至急、陛下の書斎へ」


***


「おぉ、よしよし、来たな。私はお前に賭けているのだから、明日は必ず勝つのだぞ」
「は?」
書斎では魔王がいつものように、のんびりと書類に目を通している。いつ見ても、机の上の書類の量は半端ではない。
傍らには紀一がいて、彼は何かのファイルを抱えていた。僕と目が合うと、微笑みながら会釈してくれる。
さて、本題に入ろう。
開口一番、僕は魔王から訳の分からないことを応援された。
勝つ、とは。
僕が訝しげにしていると、紀一も僕を応援する。
「ぼくは隊長さんが勝つって信じているから。頑張ってね」
「いや、何の話だ」
全く話が見えてこなかったが、なんとなく、脳裏に先程の果し状のことが浮かんだ。
まさか。
「ほう、どうやらお前は事の次第を理解していないようだな……まぁ、城内をほっつき歩けば嫌でも分かる」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だ。……はあ、全くもって残念だ、公務があって見物に行けない」
魔王は珍しく言葉通りの表情で、不服そうな様子で書類の端を指先でいじる。
「……? とにかく、用事はそれだけか?」
たったこれだけを言うために、わざわざ呼びつけたのだろうか。「至急、書斎に…」なんて言われたから、てっきり緊急任務かと思ってしまったではないか。
気を引き締めてきたというのに、なんだか拍子抜けで、ぐったりと気疲れする。
「いや、ちゃんと任務は用意してあるぞ」
どうやらきちんと仕事の話のようだ。魔王の気まぐれな用事だけで済まずによかったと、内心ほっとする。
すると紀一が、抱えていたファイルを僕に手渡す。
おそらく、中を見ろということだろう。その場でファイルを開き、挟まれている資料に目を通す。
「昨日はよくやった。まさか、たった一日で死地全域を周るとは思っていなかったが」
魔王の棒読みの称賛を聞き流しつつ、書類を読み込む。
書類には、大陸の北方地域について書かれていた。
「それを見れば分かると思うが、今回は遠征任務だ。ここ死地より遥か北の……ロストグラウンドに行ってもらう」
「ロストグラウンド――氷の大地、か」
死地より更に北東へ向かうと、極寒の氷原地帯が広がっている。人間の生活できるような土地ではなく、また氷が大地を覆っているため、太古の遺跡や生物の死体が、そのまま冷凍保存されて残っている。
そのため、ロストグラウンドにはいまだ発見・調査されていない古代遺跡がたくさんあるのだとか。
「ロストグラウンドの遺跡を調査するために、ここより少し北に政府支部が設けられている。支部の近くには魔道研究所もあるようだ。……実は、あの地域には軍の地方基地もあってな。いつ政府に潰されてもおかしくないのだ」
ロストグラウンドの古代遺跡には、古代文明の遺産が多く眠っている。遺産の中にはもちろん強力な兵器などもあり、政府も軍もその兵器を欲しがっている。
支部や基地が同じ場所に密集してしまうのは仕方のないことだろう。
そして、兵器を敵にとられたくないという思いも、どちらも同じ。
敵に先を越されない為には、相手を潰してしまうのが一番だろう。
「その政府支部を潰してこいと、そういうことか?」
その支部がどれほどの兵力を在中させているかは分からないが、この男なら僕の部隊だけで行ってこいと言っても不思議ではない。
しかし、仮にも軍総帥。確実な勝利のためにはきちんとした算段を踏むようだ。
「いんや、お前の部隊には偵察を頼みたい。兵力や支部の様子を調査し、後続部隊に情報を伝えろ。調査後、後続部隊と合流し、支部を潰せ」
「分かった。では、明日にでもここを…」
「は、何言ってんだ? 明日はお前の用事があるだろう? 任務は明後日からで十分だ」
魔王はにやにやと笑んで、そう意地悪そうに言う。
……どうやら、僕はその『用事』とやらを避けては通れないらしい。
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