約束の聖戦

□6話
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第1幕 6話 キメラ
<エルタ地方編3>










 朝から、私の機嫌は下降したままだ。
 昨日の夜にあの男を自分の部屋に連れてきてしまったが為に、奴の訳の分からないお喋りに付き合うはめになってしまった。
 かと言って、奴をあのまま隊長の部屋に置いておけばどうなるか分からない。私には、この受難を乗り越えるしか他に道はないのだ。
「もうさー、隊長綺麗すぎ! なんであんなに綺麗なの。やばい、どうしてあんなに可愛いの。セオンにも見せてやりたかったなー、焼きまんじゅう食べてるときの隊長の可愛い顔! ほっぺたにタレつけてさっ、もぐもぐ食べてるの! もうっ、焼きまんじゅうじゃなくて俺のをもぐもぐしてほしいんだけど!!」
「少しは黙ったらいかがです、カーヴァル一等兵」
 部屋に運ばれてきた豪勢な朝食を前に、なぜこんな奴の下世話な話を聞かなければならないのか。せっかくの美しい郷土料理も、味が損なわれるというものだ。
 本来、私の前に座っているはずの人は中尉だ。私は中尉と同じ部屋に泊まらせていただいたのだが、当の本人は朝からどこかへ出かけてしまったようで、こうして中尉の分の食事をこの馬鹿が食べている。
 朝起きてからというもの、奴はずっと隊長の話ばかり。もちろん隊長の話が気に食わないというわけではなく、この男が隊長の話をする、ということが気に食わない。
 私の苛立ちは募る一方だ。
「はあはあ、隊長の肌すべすべだし、裸とかもうめちゃくちゃ綺麗なの! あぁ、なんで俺、昨日のぼせてぶっ倒れたりしたんだろ……もっと隊長の裸を堪能したかったのに!」
 昨日の風呂場での一件は、とりあえず、奴がのぼせて気絶したということになっている。私が気絶させたなどと言えば、一悶着起きるのは目に見えている。面倒事はないに越したことはない。
「今夜こそは隊長の裸をたっぷり堪能して…!」
「今夜はおそらく、隊長にそんな暇はありませんよ」
 そろそろ奴の話を聞いているのも疲れてきた。
 きょとんとして黙ったので、私は奴に、本部隊が今夜ここに到着することを教えてやった。
「第十五部隊長ルトルトス=ヘリオドール少将率いる後続部隊が、今夜到着予定。到着次第、任務について話し合いが行われるでしょうし、早ければ今夜にも支部制圧が始まる。風呂だ温泉だなどと悠長に言っている暇はないと思いますが?」
 隊長には、私やこいつなどよりも、やるべきことが沢山あるだろう。それに、任務開始となれば我々も悠長なことはやっていられない。
 早ければ、今夜には―――十数時間後には支部制圧任務が始まる。
 そう思うと、少し緊張する。
 しかしこの男は、この任務の重要性が何も分かっていないのか、あっけらかんとしている。
「え〜? 任務終わったら入ればいいじゃん」
 まるで、他人ごとのような口ぶりだ。
 この男は、この任務がどれだけ軍にとって重要で、我々にとって危険なものかを分かっていないのではないだろうか。
 彼のこの不真面目な態度は今に始まったことではないが、やはり大きな任務の前ということもあり、いつもより彼の一言一言が癪に障る。
「今回の任務は、政府の兵士たちと交戦するんですよ! 死者だって出るかもしれない、一歩間違えれば全滅することだってあり得る任務なんです。それなのに、なぜ貴方はそうへらへらしているんです!」
 自然と強い口調になってしまう。しかし、この男には怒鳴りつけるくらいがちょうどいいのだろう。
 しばらく彼は私の顔をまじまじと見つめていたが、すぐにまたへらへらと笑いだした。
「な、何が可笑しんです! 少しは真面目に…!」
「ははっ、だって、お前がそんな真剣に言うから」
「当たり前でしょう! 一瞬でも気を抜けば死ぬ戦場に行くんですよ!? 一歩間違えれば誰だって死ぬ! そのくらい貴方だって」
「死なねーよ」
 私の言葉を遮って、彼はやはりへらへらと笑いながら言った。
 でも、その声には芯がある。
「少なくとも、隊長の部下は―――第三部隊は誰も死なない。だって考えてみろよ、隊長が俺らの指揮とるんだぞ? 隊長が、俺達を死なせるような戦い方をさするはずがない」
「それは…」
 確かにそうだ。
 隊長は人間ではあるが、魔族である我々を蔑ろにはしないし、それどころかきちんと仲間として向き合っている。
 あの人は、仲間を生かす戦い方が出来る人だ。
「それに、隊長じゃなくとも、うちの部隊には俺より強い奴がたくさんいるだろ? 英騎士のルルニカも、鬼教官の中尉も、メリーも、リナも……お前も。こんな強い奴等がそろってんだから、誰も死なないって」
 他の部隊は知らないけどー、なんて言いながら、味噌汁を音を立てながら飲む。
「……全く。今度は他力本願ですか」
「ははは、皆を信じてるって言ってくれよ」
 なんだか彼を糾弾するのも馬鹿らしくなってきた。この様子では、なんだかんだと言いくるめられてしまいそうだ。
 しかし―――しかし、少しくらいは彼を見直してやってもいいかもしれない。
「あ、ご飯終わった。お代りねぇのかなー」
 奴は臼(うす)の中を覗きこみながら、また悠長なことを言っている。
 真剣に言っていると思えば、すぐにいつものへらへらした彼に戻る。
 彼の言葉は、本心なのか冗談なのか嘘なのか、昔から分からない。付き合いは長いほうだが、今でも私は奴が本当はどんな性根の持ち主なのか、まったく理解できていない。
「……まったく、お前はつくづくわけの分からない男だ……」
「んー? なんか言ったか?」
「いえ…」
 どれが奴にとっての本心なのか、少なくとも、私も他の者も隊長も、きっと分かりはしないだろう。そして私以外、それを理解している者はいない。
 明らかに彼は変わった。訓練生時代と今とでは、180度違う。
 昔の彼は暴君だった。どこにでもいる、不良。だが今はそうではない。今はなぜか「道化」を演じている。
 今の彼の言動をみるたび、私はそうとしか思えなくなった。
 どうしてそう感じるようになったのか、そのきっかけは、分からない。
 だが、今回の彼の言葉は、できることなら本心だと信じたい。
 過去の、誰を頼ることも信頼することもなかった彼が、少しは誰かを信用しようとしていることが、事実であってほしい。
 散々迷惑をかけられた相手にこんなことを思うのは、どうなんだろう。隊長は私とヴィスを「仲が良い」と言ったが、なんだかんだ、私はこの男を友のように思っているんだろうか。
 友。
「がー……腹減った、足りね…」
 いや絶対ない。
 ないない。
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