約束の聖戦

□3話
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***


「いませんでしたね、ルルニカ」
「まぁ、あのあとだからな……食堂にでもいるのか」
「そろそろお昼ですもんね。俺もお腹空きました…」
というわけで、僕達は食堂に向かった。少し早い時間のため、混んでいない。
「あ、セオン」
食堂に入ったところで、真ん中ら辺のテーブルで見知った顔が食事をしているのを見つけた。
彼もこちらに気付いたようで、立ち上がり僕に向かって敬礼する。
「隊長、帰還報告が遅れて申し訳ありません。セオン=テルシィ、午前九時一七分、任務より帰還しました」
「ま、まあ座ってくれ。少し話がある」
「はい」
それでも彼は座ってくれないので、僕が先に向かいの席に座ると、ようやく彼も座ってくれた。
セオン=テルシィ准尉、僕の部下で最も真面目な軍人だ。僕の隣に座っている変態と違って、仕事は速いし正確だし、上官に対する態度もきちんとしている。ただ、生真面目すぎる性格が仇になるのか、周りとの関係がなかなか上手くいっていないようだ。
「ははは、お前、相変わらずお硬いなぁ〜」
ヴィスは先程買ってきたヤモリの素焼きを齧りながら、そうセオンを茶化す。セオンは彼のことを鋭く睨みつけて、僕と話すときとは打って変わって低い声で
「貴様のように仕事もせずちゃらちゃらと遊んでいるような不真面目な者に文句を言われる筋合いはありません」
セオンはよく彼に冷たい言葉を浴びせる。今に始まったことではないらしく、何を言われてもヴィスはへらへらと気にしていないようなのだが、セオンは彼に並々ならぬ敵意を抱いているようで、ヴィスに向けた彼の言葉や視線はいつも刺々しいものを孕んでいる。
聞いたところ、彼とヴィスは訓練学校からの同期らしく、その頃から衝突が絶えなかったのだとか。
どんな私情があるにせよ、セオンの言葉は尤もだ。ヴィスはもう少しきちんとするべきだ。
「そうだぞ、ヴィス。お前も少しはセオンを見習え」
「……何、このダブル攻撃」
ヴィスがげっそりとしているうちに、僕は話を始める。
「それで、話なんだが……魔王から死地一帯の魔物討伐任務を受けた。…そうだな、明日の朝七時に城門前に集まってくれ。もし他の部隊員に会ったら、伝えておいてくれないか?」
「了解しました」
「え〜? 朝七時ですか? 十時くらいにしましょうよ、俺、そんな早く起きれませんよ〜」
ヴィスはヤモリの尻尾を口から出して、そんなことを言い始める。ブーブーと文句を言い始めた彼に、セオンはすかさず冷たい言葉を発する。
「ヴィスタ=カーヴァル一等兵、上官の命令は絶対です。それも将官の命令に背くとは、背信行為ととられても文句は言えません」
彼は眼鏡の奥からギロリとヴィスを睨みつける。とても「仲が悪い」だけではないような…。
「セオンの言う通りだ。言うことを聞け、ヴィス」
「ん〜……仕方ないですね、隊長の命令ですもん。隊長のためにちゃんと起きますね」
ふと、セオンのヴィスへの視線がより一層厳しくなった気がしたが、あまり気にしないことにした。


***


現在、本部にいる部隊員は僕を含めて四人。
残るは、ドーバ中尉とメリーと………リナ=ビアソ二等兵か。
「五人もいれば十分じゃありません? まぁ、中尉がいれば百人力ですけど、リナは……」
ヴィスは歯切れ悪そうに、彼女のことを言おうとしてやめた。
僕が彼の代わりに続きを言ってやる。
「『隊長にいつ剣を向けるか分からないから俺の精神が持ちません』……か?」
「そうそう、あいつがいると俺の精神力が………って! 隊長、分かっているならどうにかしましょうよ」
リナ=ビアソ二等兵……僕に反感的な態度ばかりとる新人だ。あからさまに敵意をむき出しにして、会うたびに僕に暴言を吐く。
彼女は一般的な魔族と同じ“魔族至上主義者”で、人間への差別意識が高い。そのため、元人間である僕に並々ならぬ嫌悪巻を抱いているらしい。ただの同僚ならまだマシだったのかもしれないが、自分より下等な種族である人間の命令を聞かなければいけない立場にあるため、余計に彼女の差別意識が高まっているのだろう。
おかげで、こちらとしては彼女がなかなか言うことを聞いてくれなくて困っている。
第三部隊は『問題児』が集められているが、僕にとっての一番の問題児は確実に彼女なのだろう。
「俺、あいつが隊長に何するか分からなくて、毎度毎度ヒヤヒヤしてるんですからね? 隊長も何か案を講じるとかしてくださいよ〜」
「あいつが何を好いて何を嫌おうと、僕にはどうしようもできない。リナも魔族だ。魔族が人間を忌み嫌うのは歴史上、仕方がない」
「仕方がないって……俺は隊長のこと大好きですよ? ルルニカだってメリーだって、中尉もセオンも、隊長のこと好きだし…」
「お前達がおかしいんだ。普通、魔族は人間を嫌うものだ」
「酷いなぁ。それじゃ俺達が変人みたいじゃないですか」
「安心しろ、少なくともお前は『変人』じゃない。生粋の『変態』だ」
しかもストーカーだ、と付け加えてやりたかったが、なんだかバカらしくなった。
悪態の代わりに口から洩れたのは、重い溜息だった。


***


翌朝。
軍本部をぐるりと囲う高い塀。塀の内外を行き来できる城門は二箇所あって、そのうち南の城門は常に開放された状態となっている。北門が開けられることは滅多にない。
南門の傍には守衛が二人、眠そうに欠伸しながら構えている。……というか、右の奴、寝てるだろ。
僕は、門を出てすぐ広がる森とその向こう一面の荒野を眺めながら、懐の懐中時計をとり出す。集合時間まであと十五分といったところだ。
「…寒い」
背を少し丸めて、手を擦り合わせてみる。手袋をしているから、あまり意味がないけれど。
死地は年間を通して気温が低い。僕の生まれ故郷には季節という概念が存在したが、死地ではそういう気候の変化がないため季節が存在しない。敷いて言うなら、冬という季節があって、それ以外の季節はない。
この土地は分厚い雲が空を覆っている。そのため太陽の光が差さず、気温も上がらず、昼夜の区別もつかない。どこかの地方では白夜という現象があるらしいが、死地はその逆だ。一年中、ずっと夜の状態が続いている。
何度見ても、酷い地域だと感じる。陽は差さないし、寒いし、植物は育たない。
魔族はよくもこんな場所で、数千年も生きてこれたものだ。
「隊長〜、おはようございます」
ぼーっと荒野を眺めていると、いつもの陽気な声が聞こえてきた。振り返る前に、後ろからぎゅーっと抱きつかれる。
あ。あったかい。
「おはよう、ヴィス」
「まだ誰も来てないんですね。ふふふ、隊長を独り占めー♡」
寝起きだからか、彼の声はふわふわしていて不明瞭だ。動作や声もゆっくりで、もしかしたら寝ぼけているのかもしれない。
「このまま隊長とデートしにいきたいなぁ…」
「ごめんだな。誰が好き好んで男とデートなどするものか」
「ふふ、そういう冷たいとこも、好き」
あぁ、こいつ、寝ぼけてるんだろうな。
彼はふふふーと夢心地に笑いながら、僕の頭に頬を摺り寄せてくる。
「いい匂い……俺、石鹸の香りって大好きです…隊長、いい匂い…」
「気持ち悪い、黙れ」
「ふふふ、そんな怒らなくてもいいじゃないですか……んん、むにゃむにゃ」
やっぱり寝ぼけていたのか、しばらくすると僕を抱きしめたまま寝始めた。立ったまま寝るなんて、器用だな。
「たいちょ……すきれすー……むにゃむにゃ」
「……僕のどこに、お前が気に入るようなところがあるんだろうな」
僕が本部に異動してきて、その当日から僕を執拗に追いかけまわしてきたこいつ。
多くの軍人が、僕を元人間だからと避けているのに対して、こいつはまるでその逆だった。人間だから魔族だからとかは関係なく、ただ僕を好きだと言ってまとわりついてくる。
いくら罵倒しても僕にくっついてくるが、彼がそこまで僕にこだわる理由がよく分からない。
好きだとは言うが、僕のどこにそんなに惹かれているのか、それも見当がつかない。
それとも単に、僕に利用価値を見出しているだけか? 少なくとも魔王は、僕に利用価値があると踏んで軍に置いているわけだし。
実はこいつも相当頭の切れる奴で、軍での出世の道具に僕を使おうとしてるとか?
そういうことならこいつが僕にこだわる理由も納得できるのだが、それなら僕のご機嫌取りをするほうが効率がいいのではないだろうか。好きだ愛していると言うよりは、よっぽどいいと思う。
「たいちょおー、かわいぃ……」
考えすぎか。うん、そうだ、こいつはただの馬鹿だ。
「あふ、うふ……もっと、足開いて……はぁはぁ、あぁ、たいちょう、えろ…」
「今すぐ起きろ貴様」
「ぐふっ!」
彼の腹に肘鉄を喰らわせる。変な声を出しながら彼は目を覚ました。
「あう、隊長、痛い…」
「殺す」
「え、なんで!」
今度はすっきり目覚められたのか、声がはっきりしている。まぁ、痛みで起きればそりゃすっきりもするでしょう。
すると、後ろから足音が聞こえてきた。また誰かやってきたのだろう。
振り返りたいのだが、ヴィスに抱きしめられているのでそれが出来ない。
「お、セオンー、おはよー」
え、来たのってセオンなの?
なんだか嫌な予感がするような、しないような。
「おはようございます、ヴィスタ=カーヴァル一等兵」
「あはは、お前やっぱり堅いよなぁ」
律儀に挨拶するセオンを、またそうやってヴィスが茶化す。
一瞬沈黙が落ちて、なにかが険悪な気配を発し始めたのが分かった。
「貴方のような不届き者にとやかく言われる筋合いはありません」
「はは、不届き者ねぇ〜」
いつも以上に低くなったセオンの声に、並々ならぬ何かを感じる。
……セオン、なんでこんなにヴィスのことを嫌悪しているのだろう。
しかし、ヴィスは何とも思っていないのかいつもと同じ呑気な口調。
「でもさぁ、戦争なんてストレス溜まることやってんだから、抜けるときにガス抜いとかないと、きつくなっちゃうだろ〜? ほら、精神的に」
「それはそうですが、貴方の場合はガス抜きの時間が長すぎます。逆に、貴方が真剣に取り組んでいるところなど、私は見たこともありませんがね。訓練生時代からずっと」
「え〜? だって、訓練学校でやるのは本気の戦闘じゃないだろ? 手抜いても死なないし。本部にいるときだって、真剣に戦わなきゃいけないときとか全然ないし」
「戦闘に限ったことではありません。貴方はいつもそうやって適当に場を凌いでいるのですか。そんなことでは、隊長は貴方に見向きもしないでしょうね」
ん?
なんでいきなり、僕出てきた?
話の展開がよく飲み込めないまま、僕はヴィスに抱きしめられながら後ろの会話に耳を澄ませる。
……あれ?
今まで軽快に言葉を返していたヴィスが、押し黙った。見上げると、彼は後ろを向いたまま、じっとセオンを睨みつけている。
……??
「あー分かった。お前が最近、いつにも増して俺に突っかかってくる理由」
「は? 最初につかかってくるのはそちらでしょう」
「まぁ、俺とお前は分かりあえない仲ということで」
「は?」
ヴィスは何やら自己完結して、話を終わらせる。すると、今まで放置だった僕の頭を撫で始めた。
「隊長、後ろのテルシィ准尉殿が怖いですー」
今ここで僕に関わるなよ…!
顔を上げてギョッと彼を見ると、彼はいつものようににこにこしている。
その次に、ゆっくりと首を伸ばしてヴィスの後ろを見る。
同じく、ギョッとした表情のセオンがこちらを凝視していた。
なにこれ、よく分かんないけど気まずい。
「え、え、と、おはよう、セオン…」
一応そう言うと、彼もハッとして姿勢を正し敬礼する。
「気付かずに申し訳ありません。隊長、おはようございます」
そうだね、僕が小さいのが悪いんだよね、うん。
男にしては体も細くて小さく、女にしては背の高い僕は、それでも小さい部類に入るのだろう。
だって、ヴィスに抱きしめられたら後ろから僕が見えないほどなんだもの。
「……」
「……」
「はぁはぁ、隊長可愛い」
何とも言えない沈黙。(例外がいるけども)
どうしよう、何か言ったほうがいいのだろうか。
「あぁ、早く隊長をお持ち帰りしたい、はぁはぁ…」
そして黙れこの変態が。
「……ヴィスタ=カーヴァル一等兵、場を弁えなさい」
「え〜?」
「公衆の面前でくらい、マナーを弁えろと言っているのです」
「あ、俺が隊長を独り占めしてるのが羨ましいんだろ〜?」
「違います」
「僕も同感だ。離せ、ヴィス」
「えー!? さっきまで大人しく抱きしめられてたのに!?」
「そ、それは…(暖かくて離れがたかった、とか言うわけにはいかない…)、き、貴様が寝始めたからだろうが!」
「うぅ、そんなぁ…」
彼は切なそうにクンクン泣きながらも、僕を開放する。
あ、寒い。
「あぁ、隊長の温もりが……」
「カイロでも持ってこい」
クーンクーンと泣く彼に辛辣な言葉を浴びせながらも、なんとなく彼の体温が恋しい。
別に、彼の体温が、というわけではない。暖かい温度が、という意味だ。
「あぁ、もう、そんな冷たいとこも好きですよ、隊長〜」
「気持ち悪い黙れこのハゲ」
あれ、このやりとり、数分前もしたような。
「恥ずかしがっちゃって可愛い、隊長ったら可愛いんだからもう、はぁはぁ」
「気持ち悪い! 串刺しにして氷漬けにしてやろうか!」
彼の言動がだんだん危なくなってきて、僕は反射的に氷魔法で槍を造り出す。
「あぁ、もう、そういう反抗的なところイイです、屈服させるかいが」
「ヴィスタ=カーヴァル一等兵、黙りなさい」
「もう! なんでここでお前が出てくるんだよ!」
「マナーを弁えろと忠告したはずですが?」
彼の変態言動が治まるのはいいのだが、また彼とセオンとの険悪なムードが始めるのかと思うと気が重い。
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