お菓子の魔法


□季節外れの転入生
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聖マリー学園に入学して一年と少し。ようやく、クラスメイトとも言葉を交わすようになってきたが、友達と呼べる相手はセルだけだった

今日は、去年までここ日本校の高等部で教鞭を取っていたフランス人のアンリ・リュカス先生の推薦で、祥子の在籍する中等部二年A組に転入生が来るらしい
名前を「天野いちご」さん
最近のクラスの話題はその転入生の事がほとんどだった

朝の生徒達の雑談で賑わう教室で本を読んでいると、同じAグループの三人と共に初めて見る女子生徒が教室に入って来た

Aグループの三人は、入学して直ぐに仲たがいをして謹慎になったと思えば、謹慎明けからは人が変わった様に、上手く付き合いだした
同じグループに居て、教室での席も近いと言う事もあり、多少の言葉は交わすようになった
紹介し合った事はないけれど、三人ともスイーツ精霊がついている

「はじめまして、転入生の天野いちごです!よろしくお願いします!」

少し緊張気味だけれど、元気よく挨拶をした転入生の周りを数人のクラスメイトが取り囲んで話しているのを視界の端に捉える

「小笠原さん、おはよう」
「ごきげんよう、安藤君、樫野君」

挨拶をしてくれたのは安藤君
樫野君は何も言わずに、チョコレート細工の入ったガラスケースをを机に置いて、背もたれを前に抱えるようにして後ろ向きに座った
彼は私の前の席に座っている

「やあ、おはよう」
「ごきげんよう、花房君。天野さんの持っていらっしゃる飴細工の薔薇のブーケは、貴方が差し上げたのね」
「うん。彼女、とても喜んでくれたよ」
「それはよかったわね」

この手のナルシストは、適当に流しておく方がいい。一々付き合っていては切りがない
今度は私の横に立っている安藤君が話した

「彼女、どこのグループに入るんだろうね」
「どこのグループにも欠員は無いものね」
「そんなこと、どーでもいいだろ。一々気にしてられるか」

どーでもいい。と言い切るのは当然樫野君。けれど、アンリ先生の推薦ならばAグループに入ってくる確率が群と上がるのではないだろうか

朝のホームルームの後、実習の授業のため、パティシエ服に着替えて調理室へ向かう
調理室の一番前にあるホワイトボードの前に集まる。今日の実習はミルクレープのようだ
飴屋先生は説明の最後に、天野さんにはAグループへ入るように言った
その言葉にクラスがざわつく
天野さんは一番上のグループと加藤さんに聞いて不安そうにしている

グループごとに別れて調理台に付き、クレープの生地を作り始める
天野さんが気になるのか、クラスの大半の生徒がAグループの調理台を見ている
祥子達Aグループの四人が着々と手を動かしている中、周囲の視線が気になるのか、天野さんはおどおどして、作業に入らない

「いちごちゃん。頑張ろうね」
「はっはい!」

天野さんの隣で作業している花房君が声をかけ、ようやく作業に入るも、卵を握りつぶしてしまった

「あ〜卵が〜。もったいない」

情けない声を出す天野さんに、多少のイラつきと呆れを持って、祥子の隣で作業する樫野君が「そっちかよ」とつぶやいた

「慌てないで、いちごちゃん。代わりの卵は、いっぱいあるから」
「落ち着いて、もう一度やればいいよ」

花房君と安藤君に優しい声を掛けられ、天野さんの強張った表情が和らいだ

「二人とも、甘やかすな」

天野さんの和らいだ顔が、樫野君の言葉でムッとした顔になる

「誰かがへますると、グループは連帯責任を取らされることになるんだ。足を引っ張られるのはごめんだ」

樫野君が最後まで言い切ると、天野さんは落ち込んだような顔になって謝った

「ごっ、ごめんなさい」
「謝るくらいならマシなもの作ってくれ」

上から目線の態度が気に入らないのか、今度は怒って膨れている
しかし、天野さんの手つきは拙く、見ていて危なっかしい
そんな様子を観察しながら、祥子はミルクレープの仕上げに取り掛かる
出来上がり、先生に評価を求めるのは、樫野君の方が、一歩早かった

「樫野真。ミルクレープ完成しました」
「小笠原祥子。こちらも完成致しました」

先生は切り分けて断面を見、味見をして評価をつける

「形、味、共に申し分ないわ。二人ともすぐにでもお店に出せるわ」
「ありがとうございます」

先生に礼をしたところで、安藤君と花房君も完成し評価を受ける

「安藤君も花房君も合格。天野さんは出来た?」

先生の声に、「一応」と言ってミルクレープののったお皿を見せる
そこにのっているのは、クレープは焦げて所々破け、クリームははみ出し、形もいびつなミルクレープだった

「貴女…ふざけてるの?」
「すみません…」

飴屋先生も驚愕している。確かに、これで推薦入学とはとてもではないが思えない
天野さんは、向かいで作業していた祥子や樫野君のミルクレープと見比べて落ち込んでいる
飴屋先生は、申し訳程度に味を見て、Aグループから十点引いた
クラスのあちこちから、推薦を疑い、Aグループ失格だと罵る声が囁かれている

天野さんは今にも泣きそうな声で「お菓子作りど素人なんです!」と叫んだ
クラスメイトは驚きの声をあげるが、作業を見ていた祥子達Aグループにはど素人宣言に、呆れと失望そして小さな怒りに似た感情を持った

「確かにな。ど素人の味だ」

クラスが静まるなか、樫野君が調理台を回って天野さんのミルクレープを口にした

「天野。お前、入学が決まってここに入るまで、十日はあったよな」

樫野君の言葉に、天野さんが頷く

「一年以上遅れてるんだから、練習しようと思わなかったのか。ど素人って言えば同情されて、手取り足取り教えてもらえると思ったのか」
「そんな…」
「甘えるな!!オレ達はプロ目指してんだ。やる気がないなら家に帰れ!!」

樫野君の厳しい言葉に、天野さんはとうとう涙を流した。けれど、樫野君の言った事は間違ってない。確かに言い方はきついかも知れないけれど、ここに居る誰もが思った事だから、誰も彼を止めることはしなかった
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