お菓子の魔法


□季節外れの転入生
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「なぁ、いちごちゃん知らへん?」
「見てないよ」
「いないの?」
「部屋に戻って来ぇへんのや。どこ行ったんやろ」

夕食の席で、寮が天野さんと同室の加藤さんが、小泉さん達と話している声が聞こえる

「転校初日であれはキツイよ。可哀相に。いちごちゃん、まだ何処かで泣いてるんじゃないの?」
「樫野。お前ちょっと言い過ぎだぞ」

その声を聞きながら、花房君と安藤君が樫野君を責める

「確かに、天野さんは夢と憧れだけで入学してきたようだし、あそこまで言われるとは思っていなかったでしょうね。
けれど、安藤君も花房君もあの場で樫野君を止めなかったじゃないの。口に出すことは無くても、貴方方も同じことを思っていたからではなくて?
貴方方が彼を責めるのは間違っているのではないかしら」

祥子の言葉に、安藤君と花房君は顔を見合わせて黙った


その日の夜、調理室の前を通ると明かりが点いていて、天野さんの声が聞こえた。そして、天野さんを厳しく扱いている知らない声も
気になって、そっと扉を開けて中を伺うと、天野さんと金髪でピンクのドレスをきた精霊が、クレープを焼く練習をしていた
その傍らに、椅子に掛けられたびしょ濡れの制服
雨の中外に居たのだろう。それでも寮に戻らずに調理室に直行して練習している。根性はちゃんと持っているみたい

ふと、実家の家庭教師の製菓の先生が話していたことを思い出した
「天野ミチコさんと言って、とても素晴らしい才能を持っていたわ」
そう。確か祥子と同い年のお孫さんがいると言っていた
同じ「天野」
先生のご友人の「ミチコ」さんのお孫さんかもしれないと、祥子は思った

天野さんには声を掛けず寮に戻ると、祥子は学園に来てから初めての試みをすることにした
クラスメイトの部屋を訪ねたのだ
訪ね先は加藤ルミさん。天野さんを心配して探していたことを思い出したため、不要かもしれないと思いつつも、声を掛けてみることにした

部屋の前で軽く深呼吸をし、ドアを四回ノックする

「はい。どちらさん…って小笠原さん!!どないしたん!?」

加藤さんは部屋のドアを開け、祥子の姿を確認すると、目を丸くして驚いた

「夜分にいきなりお尋ねしてごめんなさい。天野さんの事なのだけれど」
「いちごちゃん、まだ戻って来てへんのやけど」

心配そうに主不在のベッドを見やる

「天野さんは調理室よ。クレープを焼く練習をしているわ。帰ってきたら労って差し上げて」
「ちょ、ちょお待って!小笠原さん」

おやすみなさい。と言ってその場を去ろうとした祥子を、加藤さんは呼び止めた

「なぁに?」
「えと…知らせてくれて、ありがとうな」

立ち止まり、振り向いた祥子に笑いかける

「まさか小笠原さんが訪ねてくるなんて思わんかったから驚いたわ」
「私も、誰かのお部屋を訪ねたのは初めてだから、少し緊張したわ」
「小笠原さんでも緊張するんやね」
「当たり前でしょう」

二人で顔を見合わせて、少しだけ笑う

「それじゃあ、私は部屋に戻るわ。おやすみなさい」
「おやすみ。ええ夢みいや」
「加藤さんも」


自分の部屋にると、精霊のセルが制服のポケットから出てくる

「あの転入生にも精霊がついたんだね。でも、あの精霊ちょっと怖かったな。だけど、ちゃんと頑張れる子でよかったね祥子」
「なんのこと?」
「養護することも、声を掛けることもしないけど、祥子は天野いちごのこと、気にしてるもん。友達になれるといいね」

入学してからというもの、友達らしい友達を持てずにいた祥子に、セルはにっこりと笑って言った

「大丈夫。祥子は天邪鬼で分かりにくいだけで、ちゃんと優しいもん。
同じAグループの三人とはただのクラスメイト以上、友人未満な関係になってるし、同じグループで同じ女の子なんて好条件だよ!」
「なら、セルはあの怖そうな精霊と仲良くなるのよ?」

うっ…。と息をつめてから考え込む姿が可愛らしく、見ていると自然と微笑んでしまう
加藤さんとも笑ってお話できたのだから、時間はかかっても天野さんとも仲良く出来るかもしれない
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