書物
□化猫 大詰め
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ーーーーもう、何をどうすればいいのか、わからない。唯一状況を理解していた御室すら、今はもう目の前で化猫に呑み込まれてしまった。
………頼む、何とかしてくれ。目を覚まさない薬売りに向かって、小田島は叫ぶ。今はもう頼りの綱は、彼しかいない。彼以外にーーーもう、モノノ怪は斬れない。
小田島は、叫ぶ。怪奇に浮かされた頭で、叫ぶ。そして…………屋敷中に響き渡る声で、薬売りに叫んだ。
「頼むーーー!!!!何とかしてくれっ!!!!!」
キンッ。
薬売りの瞳が、見開かれる。彼は傷を負った体でゆらりと立ち上がり、自らの周りに札を巡らせるとーー今しがた御室を呑み込んだ化猫に、向かい合った。
ーーーーー小田島さまの頼みとあっちゃあ、仕方あるまい。ぐるぐると囲む札の中、薬売りが叫ぶ。そして………剣を空中に放り投げ、鋭い牙を化猫に向けた。
「真と、理によって…………剣を解き放つ!!!!」
声色、たからかに。だが………剣は何の反応も示さないまま、その獅子頭の口を閉ざすと………かしゃんと、その体を床に叩きつけた。
何!?………薬売りの、仰天の声。化猫はその目を見開く薬売りの背後に腕を伸ばし、けたけたと屋敷を揺らしながら歪な雄叫びを上げる。
そしてーーーー薬売りが振り返った時には、もう時すでに遅し。薬売りの、その浅葱の体は…………後方へと、吹き飛んでいた。
「なんだとーーー!!!」
喀血する。痛みとも苦しみともつかない熱さが、薬売りの体を駆け回り、彼の体は、宙に放物線を描いて放り投げられた。
ーーー刹那。目を見開く薬売りの脳裏に、数多の映像が流れ込む。座敷牢。虐げられた細い女。猫、若かりし頃のご隠居。あぁ、これはーーー何であろうか。
ーーーー今のは……??
今のが、真。恐らくは、理。宙に吹き飛ぶ薬売りを見て、さとは高らかに笑うと、みんな死んでしまえ、と狂った笑顔を浮かべた。
漂う体。目を伏せる薬売りの額に、暖かな手が触れる。その優しい温もりに、彼が目を開ければ………年若い娘が、彼を見下ろしていた。
「よしよし………」
暖かくて、優しいーーー。ぼんやりと浮かされる頭に、薬売りは目を開いたまま、口をうすら開く。お前は。とう前に、彼の意識は飛んでいた。
化猫が、壁に何かをぬじりつける。その血から漂うのは、人間の肉と、排泄物と、脂の臭い。吐き出された亡骸は………伊國、さと、水江。もう、だれとも分からないくらいに原型がない。
その漂う腐臭と恐怖に………さとはふるふると震え、口を押さえて必死に叫びと吐き気をこらえた。