書物
□座敷童子 一の幕
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「良かったの、ですか」
部屋に通され、開口一番。薬売りが、問う。荷物から櫛を探していた御室は、その言葉にピタリと手を止めた。
何がだ。御室の声。いつものような男っぽい口調であるが、何故か笑いを含んでいる。
部屋が、ですよ。ーーーー今更言葉の主語を付けてきた薬売りに、御室は肩を震わせ、ふふっと短く声をあげて幽かに笑って見せた。
お前は、あの事については何も聞かんのだなーーーー。ぽつり。聞こえるか聞こえないかの声量で、御室が呟く。薬売りに対して、だろう。
よく聞こえなかった薬売りが聞き返せば、御室は何でもないといって笑い、再び櫛を探す手を動かし始めた。
「あぁ、そうそう。質問に答えていなかったな。………構わんさ。私相手じゃ、お前も間違いなんぞやらかさんだろうからな」
「御室ーーー」
「まだ、何かあるか」
御室の言葉にーーー今までさまよっていた薬売りの青い瞳が、後ろを向く彼女の、抜いた襟から覗く項に定まった。
やはり異人のように抜けるほど白い肌に、対比したような濡れ羽色の黒髪。はらりと首を伝う、後れ毛。肉のない、すっきりとした横顔。………綺麗ではないかと言われれば、間違いなく嘘になる。
薬売りの中で、御室の言葉を皮切りに、何かが湧く。そして………その背中に歩み寄ると、彼女のすぐ後ろで膝をついた。
「何だ。何もないぞ」
相変わらず、男っぽい口調。が、それすら今はどうだっていい。答えないままに………薬売りは、彼女の視界を己の掌で覆った。
薬売りーーー?急な行動と、突然真っ暗になった視界に驚いたのだろう。僅かに顎をあおのかせ、薬売りを見ようと御室が上を向く。
薬売りは、答えない。その代わり、彼女の小さな耳に唇を寄せるとーーーふう、と、やや熱を含んだ息を吹きかけた。
「な、お前いきなり何を……!!」
「間違いなんぞ、やらかさない?………さぁ、どうだか」
「やめろ……!!手を離せ!」
その言葉を勿論無視し、薬売りは御室の着物のあわせに手を掛ける。そして、男にしては細い指を、そのあわせ目から覗く肌に滑り込ませた。
離せ、薬売りーー!!御室が身じろいで抵抗する。はいはいと、聞いているのかいないのか分からない返事をして、薬売りは更に奥に手を滑り込ませる。
伝わる、暖かな肌。やや吸い付くような湿りをおびた、白いーーーー。やがて、薬売りの指が肌襦袢すらはだけさせようとすると……。
「外に、放り出すぞ……!!!」
御室が一層強く抵抗し、それはやはり叶わなかった。
おお、怖い。笑いながら、薬売りは両の手を彼女から解放する。ようやく視界が開け、御室はやや潤んだ瞳で薬売りを睨んだ。