書物
□化猫 大詰め
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「話してくれ」
「………話したところで、何になる。儂はもうじきあれに殺される」
「あんたが殺されようが殺されまいが俺には関係ない。……俺には、あんたの話が必要なんだ」
化猫を前にして、薬売りは手をかざす。これは、義務だ。あんたの、義務だ。薬売りが右手をかざしながらご隠居に振り返れば、彼はま抜けた顔をしていた。
話す必要などない。そう言いたいのだろうか。御室は化猫に今にも呑み込まれそうな薬売りの背中横目に、眉根を寄せる。
ーー鬱憤はらしの、つもりだった。ご隠居が、口を開く。雪景色。若かりし頃のご隠居。きっとそこにあるのは………曇った真実。
あれは、二十五年前。寒い、雪の降る夜だった。………あぁ、そうか。この、景色は………お前だったのか。脳裏に流れ込む景色に、御室は瞳を閉じる。
馬に乗る、若かりし頃のご隠居。向かいから来るのはーーー花嫁を乗せた、輿入れの車。雪がふる中、それは美しく華やかで。
ご隠居は馬を花嫁の横につけ、その角隠しを被った後ろ姿を、横目見、そして………花嫁の脇を抱えると、馬を走らせた。
「娘が、珠生が悲鳴をあげたらーーーすぐに帰してやるつもりだった」
連れ去られた花嫁。景色が、あの絢爛な六角形の部屋に変わり、二人は向かい合うようにして立っている。ーーーあぁ、なにが正しいのだろう。御室は、畳に膝をつく。
「だが、ほとんど抗う様子もなく……まるで、進んでもたれ掛かるような態度でーーーそれで、どうしようもなく」
娘の、珠生の。美しい横顔。若かりし頃のご隠居にもたれ掛かるその背中は………ずっと小さく、そして覚悟を秘めていて。
今更家に返しても、可哀想なだけだ。ーーーならばせめて、綺麗な振袖を着せ、馳走を食わせることがーーーー。
儂に出来る事だと、思った。
いつまでも、こんな日が続くと。珠生を愛で、いつまでも連れ去った罪悪感に苛まれる日が、続くのだと。………だけど、いつか命は終わりを迎える。
珠生の亡骸。無念か?ーーーー脳裏に朧げにうつる映像に、御室は疑問をいだいた。違う。これは…………真実には、恐らくほど遠い、と。
「では、その女性の想いが………猫に移り、化猫になったと?」
ご隠居は、答えない。屋敷から、花嫁が出ていくのが許せなかったんだろうよ。伊國は、やはりどこか他人事のように答え、なぁ、と御室を見やった。
ーーー違う。これは。
かすれた声。だが、その声よりもっと大きく………歯を食いしばったさとが、また叫びをあげて伊國に食いかかった。